今さらだ、と思われるかもしれないけれども、彼女に伝えなくてはいけない思いがあることに気が着いた。
何故今までそうしなかった?答えは――あぁ――そうか僕は、そう、愚かなくらいの捻くれ者だからだ。
*
「何処へ行くの?」
休日の玄関でいそいそと白いサンダルを履き、ドアに手をかけた彼女の背に深崎は問いかけた。振り返った彼女は少し迷ったように視線を泳がした後、庭先に指を向けた。「あぁ――」と、深崎は頷く。
「行っておいで」
*
白い光を降らすように太陽はその場所を照らしていた。は幼い子供のように期待に胸を弾ませその場所を目指した。
(あぁ)
息を呑んだ。無理も無い――辺りは予想だにしないほどに美しく咲く花々に覆われて居たからだ。
(何故?)
父の葬儀があった日以来、はその場所へ寄ろうとはしてなかった。手入れをするのは自分しか居ないのに、どうしてこんなにも花々は美しく咲いているのだろうか?と、は思った。
「男のガーデニングなんて、大雑把なもんだけど」
後ろから声が聞こえ、ふっとは振り返る。深崎がゆっくりとした歩調でこちらへ向かってきている。多花の咲く庭の中心に立つ、小さな彼女を見て深崎は小さく笑みを漏らす。
(そうだ。これが、僕の好きな彼女)
「ううん。綺麗よ」
首を振って、はそう言う。
「凄いわ。ありがとう」
"ありがとう"――か、君のためにしたという事はどうやら全て悟られているようだ。深崎は苦笑するように眉を寄せた。
「ねぇ、花言葉知ってる?」
「少しは」
知っている。と、は深崎の言葉に頷いた。
「なら、良かった」と、深崎は笑ったが、何が良かったのかには分からない。
「おいで」
深崎は一声、発し彼女の腕を掴んだ。その瞬間の中に今朝見た夢が再生をかけるように頭に浮かんだ。夢の中で私の腕を引いたあの人――は困惑したように立ち尽くした。深崎が不審に思って振り返る。
「来なくてもいいよ。でも来て欲しい」
願っている――その面持ちが、いつもの強要するような表情ではない。彼について行くべきか、行かないべきか?どうするべきか?いつもと違う――昔を思い出させるような彼には困惑を隠せない。
だが、それよりも――白日を背に笑いかけてくれる彼を見て、ドクンと波打つ心臓には今までの何よりも言い知れぬ感情を感じた。
掴まれた腕
あれは貴方だったの?