27:Awaking


 埃まみれの階段に、はぽっかりと足跡を残していく。バルレルと別れ、それを降りている最中は大広間をぼんやりと見ていたがそこに居る人をみて、目を見開いた。
「アメル!」
広間に居る少女は、のその呼び声にゆっくりとした佇まいで振り返る。彼女はこちらに向かってくるを見て、同じように「さん」と名前を呼び、小走りで階段へと向かってきた。
「本当に――ちょうど良かった。次はアメルを探そうと思ってたところだったの」
は言って、アメルに駆け寄った。
「私を?一体、どうしたんです?」
状況を掴めないアメルは不思議そうに、顔を傾けに尋ねる。はマグナとハサハに街へ行くのに誘われたこと、それにアメルを誘おうと思って探していたことをアメルに伝えた。真剣に話を聞いていた彼女は「まぁ」と、口を開き。再び嬉しそうに顔を綻ばせた。
「嬉しいです。私も一度は街に行ってみたかったので」
「本当?」
「えぇ」
 アメルの言葉に安心し、は軽い足取りで玄関へと向かった。大広間に掛かっている時計を見上げる。マグナとの待ち合わせにはちょうどいい時間だ。これであの捻くれた召喚獣さえ付いてきてくれれば何もかも計画通りなのに――と、は思った。
「あれ、マグナさんですかね」
 アメルの呟きにはふっと視線を向ける。玄関の石段に、落ち着かない様子でぐるぐると小さな円の上を回るように歩いている男と、その隣でじっとそれを見ている小さな女の子がいた。とアメルは顔を見合わせ、思わずその光景に笑みを漏らした。

「マグナ――ごめんね、少し遅れたかな」
「あ」
 に声を掛けられ、マグナの足がぴたりと止まる。
「ううん。待つのは嫌いじゃないし――さっき着たばかりだから。な?」
同意を求めるようにマグナはハサハに言う。ハサハはこくりと頷いた。
「百二十四…」
「ハサハ?」
 隣でぼそりと呟かれた声にマグナが目を細めて召喚獣を見た。ハサハはマグナを見て、そしてその前に居るとアメルを見て小さく口角を上げた。あまり笑うことの無いハサハが笑ったものだから、は素直にその笑顔に見入ってしまった。子供なのに、とても綺麗な笑いかただ。
「お兄ちゃん。お姉ちゃんが来るまで、ずっと回ってたの――百二十四回も、ぐるぐる――ハサハ、お目めが回りそうだった」
「ハ、ハサハ!」
 マグナが慌てた様子で召喚獣の口を押さえた。ハサハは不思議そうにマグナを見て、もごもごと掌の下で口を動かす。
「くすぐったい」
 マグナが解放して、ハサハは笑ってそう言った。

「そう言えば、あの――バルレルは?」
「断られちゃった。今は忙しいみたい」
「忙しい?」
 マグナが不思議そうに問い返してきた。はこの話をすると街へ行く時間が無くなりそうなので、取り合えず出発しようと彼に提案した。マグナは慌てて頷いて「そうだね」と返し、くるりと踵を返した。
 先頭を切って歩く彼は、自然と隣に居る召喚獣の小さな掌を握っていた。まるで大きなお兄さんが、小さな妹とお出かけしようとしているようだ。とても、可愛らしい光景。
 とアメルは、ふとまた顔を見合わせた。
同時にそうなったわけだから、二人ともくすくすと喉を鳴らして笑った。は自然とアメルの手を取った。同じ大きさでも、彼女のそれは自分のよりとても温かな掌だった。

「うわぁ」
 アメルは感嘆の声を漏らし、目を見開いた。
 無理も無い。ここは街の中心街と言っていいほどの人が居る場所だ。がやがやと騒がしいまでの人通り。カラフルな商品の並ぶ店。大きな声を上げ、それを売りさばくもの。
 マグナはこの地域の生まれ。はここに一度来ていたことがあり、元居た世界で似たような――否、これ以上の人だかりを何度も見たことがあった。けれど二人とまったく違う、レルムの村と言う小さな世界で育ってきたアメルにとってはこの人だかりは予想だにしなかった光景に違いないだろう。
「凄いですね」
「今日はまだ少ないほうだよ。祭日になるとこの二倍の人が通りに集まるんだ」
 マグナがそう言うと、アメルは信じられないのか驚いたのか溜息に似た空気を口から漏らした。
「お祭りがあるの?」
 祭日という言葉に、は反応した。何だか懐かしい響きだったからかもしれない。
「あぁ。俺は、まだ遠目にしか見たこと無いけど――さて」
 そう言ってマグナはこれ以上話すことはないとばかりにくるりと背を向けた。
「どうしようか。実は今回は散歩を目的にしていたから特に目的地も案内しようという場所も無いんだよ。何処へ行きたい?」
 マグナの突然の発表にとアメルは「え?」と、同時に声を漏らす。
「何処へって?」
 は確認するように呟いた。
「実はハサハがつまらないって言うから屋敷から飛び出しただけで、これと言った目的地も無いんだよね。俺とハサハは街を歩けるだけで鬱憤が晴れるようなもんだから――二人の行きたい店とか、場所とかあれば――歩かせるだけってのも申し訳ないし――知ってる限り案内しようと思うんだけど。どう?」
 行きたい場所?は「ふむ」と考え込む。が、しかし特にこれと言った場所は浮かんでこない。武器にも、服にも今は不足していないし。まだ行きたいと思えるほど好いた場所が見つかるほどこの街には慣れていない。だけど、あえて言うのならば――
「ねぇ、マグナ。場所は忘れたんだけど――ここら辺で変わった――えぇっと、内装が真っ赤なお店を知らない。お酒とか、珍しいアクセサリーを売ってるお店なんだけど――確か、メイメイさんっていう人が店長で」
「メイメイさん――?」
 マグナはの問いかけにしばらく考え込むように顎に指を添えた。幾秒かの沈黙があり、彼は顔を挙げ「ごめん」とに言葉を返した。
「多分俺の知らない店だと思う」
「ううん。謝らないで。場所を忘れた私が悪いんだし――それに、とても目立ってたお店だからいつかきっと見つけられると思うの。わからないお店より、今日は他の場所へ行きましょう」 「それなら――私も行きたい場所があるんですけど」
 アメルがおずおずと手を上げ、主張した。彼女がこんな風に何かを言い出すなんて、こう言っては失礼かもしれないが以外だった。
「マグナさんの育った場所――えぇっと」
「蒼の派閥?」
 の助け船に、アメルは「そう、そこです!」と勢いよく頷く。マグナの表情が一瞬凍りついたように固まった。
「そこに行ってみたいです」
「派閥を――?」
 マグナの低く呟やかれた声にはふっと彼を見やる。だがしかし――あんなに暗く聞こえた声とは裏腹に、彼はにこにことした表情でアメルの言葉に頷いていた。不機嫌な声に聞こえたのはの空耳だったのだろうか――?ただ単に、低く聞こえた声をの中でそう解釈しただけなのだろうか?
「えぇ、是非」
「いいよ。それなら俺にも案内できる――見るほどの場所でもないかもしれないけど――取り合えず行ってみようか」
 マグナは了承し、頷いた。そうしてまた先を進む、隣にいるハサハは彼の手を代わらず握っていたが、隣から感じる些細な変化に――自分の主の表情を見上げ――主の見たことも無い表情に首を傾げた。

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