28:Awaking


 次の目的地は――マグナとネスティの居た――という蒼の派閥。蒼の派閥という言葉はも聞いた事がある。この世界――リィンバウムには召喚師の趣向を表すように大きな集まりの派閥というものがあるそうだ。タナからこの世界の事、召喚師の事を教えてもらうときはそのいくつかを耳にした。

 蒼の派閥
 金の派閥
 そして――

 そして――もう一つ――大きな派閥が、あったような気がしたのだが如何せん時間の経過からだろうか。
 はその名前をどうしても思い出せなかった。確かに誰かから聞いたはずなのに。思い出せそうにもない。はあっさりと考えることをあきらめてしまった。
「遠くはないと思うから。直ぐにでも行こうか――それとも、何か買いたいものとかあるかな?」
 ハサハと仲良く手をつないだマグナはとアメルの方向を振り返って問いかける。アメルは「いえ」と返事を返し。も「大丈夫」と頷いた。
「そう、それじゃぁ――」

――どいて――どいて、どいて!!

 高いトーンの声が街道に木霊した。
 マグナもアメルも――もぎょっとしたようにその場に立ち止まり、声のする後ろを振り返った。何かが走っているみたいだ。それもものすごい勢いで。三人は一様にその走ってくる物に目を凝らした。子供のような――でも子供には無いはずの尖ったものが頭に付いている――動物の耳のようなものだ――あれは猫?――否、動物である猫が立つわけは無いだろう。何者かを確認する暇さえなく、その得体の知れない猫のような子供のような物体は達への元へと駆け出している。
「そこの人!捕まえとくれ!!」
 走ってくる者の――後ろ。そこに居た、丸みを帯びた背の低い男が達四人に子供を追いかけざまにちらちらと視線をやり声を発した。おろおろと、もアメルも彼の言う言葉に混乱していた。捕まえる?一体何を――この子供を捕まえればいいのだろうか?
「どいて!」
「ストップ!」
 ズドンと何かの衝突するような音がした。それからコンクリートの地面にあった薄い砂が霧のような細かな煙を立てた。何かと何かがぶつかった。そう、猫のような姿をした子供とマグナが衝突したのだ。
 倒れた子供の下にはマグナがいて、彼は伸びきったように疲れた顔をしていた。
「マ――マグナ!」
 驚いて、は彼の名前を呼ぶ。アメルもハサハも、も彼に駆け寄る。アメルの差し出した手を掴み、マグナは体を起こした。
 その隣では混乱した様子の子供――マグナが体を張って受け止めた子供の肩を持ち、起こしてやる。くるっと子供は身軽に体を起こし、吊り上った大きな瞳をに向けた。
「大丈夫?」
「どいてって言ったじゃない!」
 気遣ったつもりが、少女が叫ぶような大声を出しは驚く。
「ユエル、どいてって言ったじゃない!」
 ユエルと名乗るその少女は、ロッカの髪色とは違う――もっと薄い、キラキラと透けた綺麗な青い瞳をしていた。そうして同じような色の毛並みをした耳が頭に付いている。そこではやっと理解した。ユエルと名乗るこの少女は自分と同じ召喚獣だと。彼女はフーっと威嚇する猛獣のように荒い息を吐きを――否、その後ろを睨みつけグルルと唸った。
 ユエルの右手には鉤爪のような、爪を催した甲冑に近いものが装備されていた。殺生さえ起こせそうなほどの武器だ――は無言でその右手を見ていた。幼いこの少女にはどうにも不釣合いな武器にしか見えなかったからだ。

「――あぁ、君たちありがとう!」
 はぁ、はぁと息を切らした背の低いおじさんがの後ろから礼を述べた。彼は回りこんでユエルという少女の後ろへ行き――「こいつめ!」――思い切り、拳を振り上げた。
 は何も考えることなく両手を伸ばした。そうして両手に少女を掴み、思い切り自分の胸へと押し込んだ。とっさのの反応に、男は拳をどうするか迷ったが、微かに力を弱めただけでその拳はの頭へと落ちてきた。
「――っ!?」
 声も無く、は歯を食いしばるように痛みに耐えた。
「なっ――!」
 今度はマグナが驚いたようにの名前を呼んで、残るハサハもアメルも彼女に駆け寄った。
「急に―飛び出して。あ、あんた――何を」
 男は手を背に隠し、まるでを気が狂った人を見る目で見つめた。の黒い瞳は痛みに密かに濡れていた。彼女は男の言葉に返すことなく片手の腕でぐいとそれを拭き、腕の中を見た。腕の中では無表情に少女――ユエルがを見上げていた。
「大丈夫?」
 腕から解放すると、ユエルは途端表情を変えた。それは男に殴られたよりも泣きそうな、悲痛に歪んだ顔だった。

「どうしてこの子を殴ろうとしたんです?」
 坦々とした口調では男に問いかけた。マグナもそれを補佐するように続ける。
「この子は貴方の召喚獣ですか?」
 男はぶるっと大きな顔を横に振るった。そうして小さな声で「違う」と返す。その言葉に今度はアメルが首を傾げる。
「なら、どうしてこの子を追いかけたのですか?」

 はがしりと右手に重みを感じた。見てみると、ユエルが鉤爪の付いてないほうの腕で、の服の裾を思い切り引っ張っていた。
「ユエル。何も悪いことしていない!」
「――なっ!こいつめ!」
 男は再び拳を振り上げた。今度はマグナが飛び出し、彼の腕を力ずくで引かせる。
「おちついて」
 体の大きな彼に施され、男は口をぱくぱくとさせ、マグナを睨んだ。マグナはもう一度低い声で「おちついて」と、男を宥める。男は抵抗することも無く腕を下げる。悔しいのだろうかはわからないが、下ろされたその腕は小刻みに震えていた。

「さて」
 アメルが全員の中央に立ち、ぱんっと掌を打つ。
 静けさが広まり、達の周りに小さくだが人溜まりが出来ていた。
「おちついて、話し合いを始めましょう」
 呆気に取られたように口を開く男を見て、アメルがにこりと微笑む。
「まず最初に――あなたは、さんに謝ってくださいね」
 それはまさしく聖女の微笑みだった。

BACKTOPNEXT