25:Awaking アメルの懐かしい朝食を食べ終えて、は自然と部屋へ戻ろうと思い――バルレルを呼び寄せたが、彼は「用事がある」と一言言ってすたすたと居間を出て行ってしまった。「何の用事があるのだろうか?」と思いながらも、やはり個人の自由は大切にするべきだろうか、となんとなしに思いは彼を引き止めるために伸ばした腕を大人しく下ろした。 堅い木の質感を足の裏に感じながら、は一歩一歩自分の部屋に上る階段に足を下ろしていた。残り五段――と、いった所だろうか奥のほうから何だか聞き覚えのある声が耳に入った。 「――で――こうか?」 一体、誰だろう?は上り詰める速度を少し早くし、二階へと足を置いた。この屋敷はとても広く、二階であってもいつくもの小さな曲がり道が出来ている――そのため階段を上って自分の部屋へ行こうにも曲がりを一、二度歩くのは仕方が無かった。広すぎて不便だなと――この素敵な屋敷で思う唯一の不満がそれだった。今回もその一つで、階段を上りきっていざ声の主を確かめようにもそこには人の姿は見当たらなかった。左の方から囁くような声が聞こえ、ちょうど自分の部屋もそちらにあることだしと――は再び歩みを進めた。 「マグナ」 そこに居たのはマグナだった。は彼の背中を見ながら、そっと呼びかけるが――彼が振り返るよりも先に彼の前に立っていたハサハがきょとんと可愛らしく首を傾げを見つめた。 「お姉ちゃん」 ハサハが、をそう呼び――ゆらりとマグナもこちらを向いた。彼はいつものように人懐っこい笑みを見せ、に挨拶を交わす。 「え――?あぁ、。おはよう――もう朝食は食べたの?」 「うん。ちょうど今終えたところ。どうしたの?こんな所で立ち止まったりして?」 「うん――ちょっと、ね」 問いかけて、は朝にネスティから頼まれたことを思い出した。 「僕が居ない間、なるべくでいい。マグナを見ていてくれ」「アイツは無茶をしかねない。僕が居ない間にまた一騒動を起こしそうだ」 まさか、と思いながらもひそひそと話し込んでいるマグナを見て、は不安になってきた。ネスティの言うように何か一騒動でも起こそうというのだろうか?いや、まさか。マグナはそんな人ではないだろう――きっと。悪いことなど考えていない。 「お兄ちゃん――お姉ちゃんは?」 「え?」 「一緒に――行けないの?」 つんつんとハサハに服の裾を引っ張られ、マグナは裏返ったような奇妙な声を上げた。ハサハは弧を描いたように目を細め、マグナを見上げる。その視線を受けて、マグナの瞳に焦ったような色が走っているのには気が付いた。 「うん、そうだね。頼んでみるよ――」 マグナが召喚獣の裾を掴む手をやんわりと解いて、こちらを見た。まるでの瞳をまっすぐに見るのが恐ろしいとでも思ってるように、彼のその紫紺の視線は奇妙に空中を泳いでいる。 「よければ、よければだよ?――これからハサハと俺と一緒に、街へ行ってみない?」 「街へ?」 「うん。そう」と、マグナも隣に居るハサハも頷いた。は少し間が込むように間を置き「そうね」と、返事を返した。 「気分転換に良いかもしれない。でも、私が行ってもいいの?」 「迷惑じゃない?」と、いう言葉は何だか言うのが恐ろしくて口にしなかった。けれども、それを間接的に感じさせるようなの言葉にマグナはぶんぶんと首を振った。 「全然!――大歓迎。ハサハも一緒に行きたがってるし。俺も――大人数で行くほうがこういうのは楽しいと思うから」 「そう?よかった。それじゃぁ、遠慮なく――あ」 そう言って、は再びピンと来ることがあったのかはっとしたような表情を見せる。マグナは彼女のその表情に首を傾げた。 「ねぇ、マグナ。私も人を誘ってきていい?こういうのは大人数のほうが楽しいのでしょう?」 の言葉にマグナは首を横に振るはずも無かった。こくんと、静かに頷いて、地面に視線を落とした。 「うん……そう。それは、とてもいいと思うよ……。それじゃぁ、俺は三十分後に玄関で待ってるから――誘う人が居たら誘っておいでよ」 「あら、ちゃん」 いったん部屋へと戻り手早く仕度を済ませて階段を下ると、そこには右手に優雅に紅茶の入ったカップを持ったミモザが居た。彼女は眠気が残ってるのか、うつらとした瞳を漂わせていて――ともすれば壁に倒れ掛かってしまいそうにも見える。 「ミモザさん――えぇ、これから街に出かけるんです」 「へぇ。そう――一人で行くなら気をつけなさいね。聖王都とは言っても、物騒な所はいっぱいあるから」 「はい。あ、でもマグナもハサハもいますから」 が「大丈夫」ですよ。とそう言うと、ぼんやりとした彼女の瞳が覚醒したかのように一瞬で開かれた。何か驚くようなことでもあったのだろうか?私がマグナとハサハと街へと出かけることの中に? 「マグナ?あの子が?」 ミモザは念を押して、確認するように問いかけてくる。だんだんと押しの強くなってきた彼女には多少たじろぎながらも苦笑交じりに返事を返した。 「はい。でも、今から誘える人は誘っておこうと思って。ロッカやリューグに――アメルも。そういえば、バルレルを見ませんでしたか?」 「ふーん――そう。マグナが――あぁ、バルレル君ならさっき部屋の場所を聞かれたから、きっとそこに居るわ。玄関ホールの突き当たりの先の階段を二つ上がって直ぐの部屋よ。双子の彼は武器を持ってどこかへ行ったみたいね。どこへ行ったのかって?さぁ、知らないわ。それと――アメルちゃんも――屋敷に居るはずよ。探してみたら会えると思うわ」 「ありがとうございます」 は短く礼を述べ、急いでその場を後にした。三十分という限られた時間の中で、アメルとバルレルを探さなくてはいけない。過ぎ去った彼女の後ろで紅茶をすすっているミモザの口元にはどこか悪戯めいた微笑みがあったが、それを背中にしたは気づくよしもなかった。 「あぁ、バルレル君ならさっき部屋の場所を聞かれたから、きっとそこに居るわ。玄関ホールの突き当たりの先の階段を二つ上がって直ぐの部屋よ。」 ミモザの言葉通りに、は足早に玄関ホールへと向かい――そして、突き当たりへと進んでゆく―― 「すみませーん!」 突然くぐもった声が聞こえ、突き当りの階段へと向かっていたは後ろを振り返った。今の声は間違いなく、玄関の扉から聞こえたものだった。は足をくるりと回し、急いでその場所へと走っていった。 「扉を、開けてください!」 「――どなたですか?」 失礼の無いように、と思いながらも聞き覚えの無いその高い声には首を傾げて問いかけた。ドアの奥の声はしばらく黙っていたが、一息置いたようにして再びキンキンと甲高い音を発した。 「私ですよー。私。頼まれたものを持ってきただけです!」 「頼まれたもの?――え?」 何のことだ?と、は頭の中でその言葉をぐるぐると思考していた。玄関の入り口を遮るように彼女はそこに立っていたので、扉の奥から声が聞こえなければさぞかし今のは奇妙な人に見えるだろう。 「ともかく、空けてくださればわかります!」 「あ――はい」 声からして女性なのだからたいした害は無いだろう。大人しくは声の主の言葉に従おうとドアノブに手を伸ばしたが、それよりも早くに大きな掌がそれを掴んでいた。誰――と、思うとの上からぬっと大きな影が覆いかかってきた。後ろからも人の気配がする。一体誰なの――?おそるおそる視線を上に上げると、玄関の照明の下。逆光に――こちらを見上げてくるにギブソンが苦笑いしていた。 |