21:双子の決断 「マグナさんや、彼女の――さんの言うとおりなんだ。僕たちが総員してかかったとしても敵の軍勢に敵わないことは目に見えている」 「何だって?」 「わからないのなら――何度でも言ってやるさ」 眉を吊り上げた、ロッカのその顔は――いつも不機嫌そうに皺寄せしているリューグと中身を入れ替えたようにそっくりだった。彼のいつもの柔らかな空気はもうそこには無く。ただただ怒っているという感情だけが伺えた。 「僕たちじゃあいつ等に勝てない!それがわからないのかリューグ!?」 「二人とも、やめろよ!」 マグナはどうにかこの兄弟の言い争いを宥めようと声を荒げたが、二人にはまったく彼の声が聞こえないらしい。ロッカに言われた言葉にリューグは顔を朱に染めて怒りをあらわにした声で叫んだ。皆がここまで大きな声で叫んだりしているものだから、もしかしてこの部屋の会話は下の仲間達に筒抜けになっているのかもしれない。 「じゃぁ、どうしろって言うんだよ!」 抑えきれない怒りが爆発するような、むかむかとした感情をリューグは心中で感じていた。チラリとベットに視線をやると、アメルは暗い表情で俯いており――は何の感情も無いかのようにそこに座っていた――なんだよ。あの顔は――リューグはますます訳のわからないいらだちを感じた。 「死ぬような目に合わされて、村を焼かれて――あんたは悔しくないのかよ!?」 「悔しいさ。悔しくない訳が無いだろう……!だけど、これ以上争わずにすむならそれが一番いいんだ」 何を言っているのだろうか?いや、言っていることはわかる。だけど、自分と同じ状況に立たされた中でロッカが何故そんな奇麗事を言えるのかが、リューグにはまったくと言って良いほどに理解できなかった。 「つくづく、テメェって野郎は――」 顔が熱い。イライラする。拳がうずく――今の自分はきっと恐ろしい形相をしているだろう――煮え切らない気持ちが、苛立ちがまるで爆発するようだった。 爪が食い込むほどにリューグは自らの拳を握り締めた。こうでもしておかないと、きっと今すぐにでも目の前の男を殴るに決まっている。 「やめようよ」 ふっと場の空気が水を打ったように、静かになった。 ロッカもリューグも、マグナも視線を向ける。そこにはベットからが立ち上がっていて――顔を歪めて三人の顔を見ていた。 「正しいも何もない事。それは自分達も――わかってるんでしょ?」 感情も無いなんてのは大きな見間違いだった――は怒っている。そう思ったリューグにも、他の二人にもそれは見て取れた。 「ロッカの考えも、リューグの考えも――正しいも正しくないもない」「両方間違ってもいない」「どちらの方法をとってもいつか後悔するのも――全部、わかってるんでしょう?」 「、さん」 ロッカは瞳を細めて彼女を見やる。伏せ気味のその黒い瞳は、どこか濡れたように彼には見えた。 「逃げても、変わらない。だけど、今向かい会っても敵わないのは目に見えてる」 マグナは言い聞かせるように、再びそう言った。はその言葉にコクンと小さく頷く。 「自分の矛盾をわかって――それでも、どうしていがみ合うの?理由の無い喧嘩を――アメルはどう止めればいいの?」 "アメル"と、彼女の口から漏れ。双子ははっと気づいたようにベットに視線を向けた。よくよく見れば先ほどから俯いたように伏せられた彼女の瞳には、これでもかというほどの大粒の涙が蓄えられている。 「アメル――俺は」 リューグは呟いて、口を閉じた。彼女になんと言えば良いのかわからなかった。 「私は――どちらがいいかなんて思いません」 アメルはそう言って、涙を拭い顔を上げた。 「だけど、誰にも傷ついて欲しくない」 そうして、ふっと隣に立っているを見上げる。柔らかな茶色い瞳は酷く揺らいでいて、今にも新しい涙が浮かび上がるようだった。 「誰にも――ただ、それだけなんです」 結論として、達のこれからの動向はロッカとリューグ。双方の意見を合わせた物になった。 真っ向から戦おうとは思わない。逃げるようにしながらも――着実に力を着け――それを狙う相手の足を掬う。単純だが、それが一番だと皆も――双子もしぶしぶと納得した。 話し合いが終わった後に、場の空気に耐え切れずは逃げるように部屋を後にした。 ドアノブを握ったときに後ろからくる視線に脈が異常に早くなるのを感じた。落ち込んだアメルをいつものように慰めたかった。けれども、そんなことはお構いなしに思える程に、今は焦って外に飛び出そうとしている自分が居たのだ。 「はぁ……」 自然と出てきた溜息は先ほどの出来事を反芻してのことだった。 「大体こいつはよそ者の癖にしゃしゃり出すぎなんだ!」 浮かんでは消えるように、 「少しは首を引っ込めて、黙って俺たちに従ってれば良いんだ!」 リューグの言葉が頭の中を回っている。 忘れよう。 気にしてはいけない。 だが思えば思うほど、その声は大きくなって。小さな頭の中で叫ぶほどに響いていく。は小さな頭痛を感じた。 「……タナ」 ふと呟いたのは自分を育ててくれた召喚師の名前。黒い髪に、藤紫色のきれいな瞳を持っっていて――優しく頭を撫でてくれた――私の大好きな人。タナもまた、彼と――リューグと同じことを思っていたのだろうか? 考えてはいけない。 疑ってはいけない。 わかってはいるけど。 弱い自分の心はぐるぐると渦巻くような頭の中の声に、少しずつしぼんでいく。 考えてはいけない。 は空を見上げた。自分の心とは正反対の姿をした青空が、そこにはあって――眩しさに目を細めるほか無かった。 |