20:双子の決断 ドアの先にはベットに座り顔を伏せるアメルと、その傍らに立つ双子が居た。が立っていることに気がつくと向き合っていた双子が視線をこちらに向け、ロッカが苦虫を噛んだような笑いを見せた。 「どうぞ、さん――マグナさんも」 ロッカに指示され、も――その後ろに居たマグナも静かに入室する。マグナが双子の近くに立ったのを見て、はアメルの隣にそっと腰を下ろすことにした。 「で?」 「え?」 突然鋭い視線で問いかけてきたリューグにはどきりと心臓が跳ねるのを感じた。 「何しにきたんだよ」 「え、それは――心配だったから」 がそう答えるとなぜかリューグは頭を抱え、はぁっと大きな溜息を吐いた。自分が来たことはそんなにも迷惑だったのだろうか、とは内心不安になりながらも彼の動向を伺う。だが、リューグは不安になってるに何も言葉を続けることは無かった。彼は次に、隣に立つマグナに吊り上げた目を向けた。 「お前は?どうしてここに来たんだ」 「と同じ理由――それと、君たちの意見も聞きたいと思って」 いつもの柔らかな顔とは違う――マグナは真剣な顔をして、リューグにそう言った。 「今回の事でわかったと思うけど、敵も馬鹿じゃない。これからは連中はどんな手を使ってでもアメルの居場所を見つけようとするだろう」 「そんなことは、わかってる」 むすっとした顔で、リューグは言った。すると今度は隣に居たロッカが眉間にしわ寄せした表情でマグナに詰め寄る。 「あなたたちは――どうなんですか?」 「何が?」 マグナは問い返す。 「僕等ははっきり言って、貴方たちの足枷に過ぎないんじゃないですか?連中に追われる理由も、戦わなくてはいけない理由も全て僕たちにある。貴方たちはただ聖女を求めてきた旅人の一行で――置いてくなりなんなり、してもいいのに――それなのにどうしてそこまでして共に戦おうと言うのですか?」 ロッカの言葉が信じれずは目を見開いた。否、正確には今の言葉がロッカの言った言葉だと信じられなかったのかもしれない。だって――これでは、あの優しいロッカがマグナたちの親切を要らないお世話だと言っているようなものではないか。 マグナもそう思ったのか。しばらく面食らったように言葉を失っていた。だけども、彼はに、アメルに、リューグに――そして眼前のロッカに視線を回して、自分を肯定するように静かに頷いた。 「君たちを守り、共に戦いたい。俺たちは皆、そう思ってる。それが理由だよ」 「マグナ、さん」 たじろいだ様に、ロッカは彼の名前を呼んだ。 それはそうだ、いまだかつてこんなにも力を込めて言葉を話すマグナをも見たことが無かった。 「大きな意志なんてない。小さな感情に動かされてるかもしれない。それでも皆、俺と同じように戦うと言ってくれたんだ。それじゃぁ理由にはならないかな?」 「…いいえ」 マグナの問いかけにロッカは顔を伏せ、小さく首を振った。断る理由が見つかるわけも無かった。 「いいえ。そうですね――ありがとうございます。マグナさん」 「僕たちがどうしたいかですか?」 マグナの言う事には黒い甲冑をまとったあの軍団はこれからもどんな理由であれアメルを捕まえるため、再び襲ってくると言う事らしい。それは確かに――今回双子を追ってまで屋敷に来たのがいい例だった。それも、連中は自分たちの何倍ともいえる戦闘能力を持っておりこのまま正面突破で打ち破るのは難しいときた。かと言って逃げ切って終わりが見えてくるわけではない。 そこで君たちはどうしたい?の一言をマグナは双子に問いかけた。 「はっ。そんなもん決まってるじゃねぇか。」 「決まってる?」 ロッカが眉を寄せた表情で聞くと、リューグは「あぁ」と頷き口角をにやりと吊り上げた。 「決まってるだろ――全員まとめてぶっ殺す――それだけだ!」 「それは、無理だよ」 ぽつんと、が呟くと。リューグの顔から笑顔が消え失せた。いつもの様子にさらに不機嫌をかき合わせたような顔で彼はアメルの隣に居るにぎんっと鋭い視線を向ける。 「おい、――今何て言った」 「無理だって、言ったの」 リューグが怒るのも無理は無い。相手は自分たちの村を一夜にして焼き払った卑劣な軍団なのだ―― 殺したい。憎い。許せない。そういった感情はにも少なからずあるものだった。 ギラギラと憎しみに燃えているリューグの瞳が自分に向けられているのは、正直顔を反らしたくなるほど恐ろしいものだった。だけども、ここできちんと自分の言葉を伝えなければそれこそ大切な人達の命が危険な目にさらされてしまう――はきっと、意志をこめた瞳でリューグに向き合おうと、彼の茶色い瞳を見つめた。 「今の私たちじゃミモザさんやギブソンさんたちの助けを借りてもあの軍団には勝てない」 マグナの言ったように、相手は機械的に強い軍団だった。村での戦いには、倒しても湧き出てくる兵士の数に圧倒され――「聖女を渡せ」と言った大柄な兵士はアグラさんとも引けを取らない強さだった――この屋敷に来てからも、槍使いのイオスと機械兵士のゼルフィルドの強さを嫌と言うほどに知らされた。それは、目の当たりにした――直接剣を交えたリューグも嫌と言うほどにわかっているはずだった。 そして戦うことを恐れるは誰よりも自分が非力なことを自覚していた。 「リューグもわかってるでしょ?相手は今まで村を荒らしてたならず者やはぐれ召喚獣とは違うんだよ。現に自警団で一番強かったリューグでさえ、レルムの村で黒騎士と剣を交えて歯も立たなかったじゃない」 「黙れ!」 「リューグ!」 ガタンっと、音がして。首に痛みが走り――はリューグに服の襟を掴まれその場に立たされたことに気づいた。アメルがその隣で小さく悲鳴を上げ、傍に居たロッカはリューグを止めようと大きく彼の名を呼んだ。 「リューグ!」 「兄貴も言ってやれよ。大体こいつはよそ者の癖にしゃしゃり出すぎなんだ!少しは首を引っ込めて、黙って俺たちに従ってれば良いんだ!」 リューグの言葉には首元を掴まれたまま、はっと息を呑む――よそ者――しゃしゃり出すぎ――黙って俺たちに従ってれば良い? 「リューグ!」 今の今までにも聞いたことの無いほどの大きな声でロッカはリューグを制した。ふっと視線を向けると、彼は顔を真っ赤にした様子でぎりりっと口元を噛みしめていた。――怒っている?あの、ロッカが? 「自分が何を言ってるのかわかってるのか?リューグ。わかってるのなら最悪だ――いいから、早くさんを離すんだ!それ以上彼女を傷つける気なら僕も黙ってはいないからな!」 「なっ……」 リューグもと同じように彼の怒っている姿に驚いたのか、その拍子にするりと彼女の襟から手を離した。突然力から開放されたが目を瞬かせると――隣のアメルから「大丈夫ですか?」と、聞かれは伏目がちの顔で静かに頷いて再び彼女の隣に腰掛けた。 ロッカとリューグが何か言い争っている。ガミガミとした、とても大きな声で。 けれど、そのどれもが風のように頭を擦り抜けていく。心のどこかにぽっかりと大きな穴が開いたようだった。 憎いと思ったのか、悲しいと思ったのか。 泣きたくなったのは事実だが、瞳はからりとしていて涙が出る様子も無い。言い返そうとも思ったが、口を開く気力も無かった。自分のこの感情が何なのかわからない。全てが消え去るようだ。 ――考えたこともあった。 けれども彼らは皆――暖かく自分を迎えてくれたので決してそうは思ってないだろうとは決め付けていた。否、そう思おうとしていた――そうでないのならあまりに自分は孤独だと思ったから。 この世界に来てから疑問はとめどなく溢れていた。けれども今思うことは単純に一つ。 私は彼等にとって"いらない"存在なのだろうか? |