20:双子の決断


 イオスという槍使いが消え、ギブソンは今回の事態を平穏にするために虚偽の報告を騎士団まで掛け合ってくる役割を担ってくると言い、屋敷に戻ることなく騎士団の場所まで行ってしまった。達はというと、ぼそぼそと文句を垂れているリューグをなだめながら――再びギブソン達の屋敷の中へと戻ることにした。
大きな門をくぐり、毎日朝食を取っている大広間まで行くとすでに見知った顔ぶれがそこには並んでいた。

「アメルちゃんと、お兄ちゃんなら上の部屋よ」
 ミモザがそう言って上を指差すと、リューグが無言で広間を立ち去り――階段の鳴る音が辺りに響いた。取り合えず、とミモザは皆に朝食のときのように席に座りなさいと、指示を出した。誰もそれに反論などするはずもなく、もおとなしくマグナの隣に腰をかけた。

「さて、結果報告とでもいきましょうか」
 ミモザはテーブルの上で、肘を突き手のひらを重ね――その上に乗せた顔で満遍なく皆に視線を向けた。緑色のなんとも言えない不思議な色が回ってきたとき、は思わずごくりとい一息呑んだ。
「名前を言ってました」
 がそう、ぽつりと呟くと――一緒に戦いに参加していなかった組の顔が一斉に彼女に向けられていた。
「機械兵士はゼルフィルドと――槍使いの男はイオスと――お互いに呼び合っていました」
「結局わかったのは名前だけ、か」
 ケイナはふうっと浅い溜息を吐いた。その言葉にフォルテが隣で激しく首を揺らし、頷く。
「あの黒騎士だけでも、ウンザリだってのにな」

 しばらくすると、がちゃりと音がした。玄関の開く音だ――ギブソンが帰ってきたのだと皆がそちらの方向を見る。広間へとやってきた彼は、皆の視線に苦笑しながらも「またせたね」と気遣いともとれるような言葉を言った。
「騎士団には、我々は強盗に襲われたってことにしておいたよ。一応見回りを強化してくれるらしい」
「そうですか……」
 ギブソンの言葉に、ネスティがほっと安堵の息をもらした。
「相手の正体がわかるまで、うかつに動くのは危険すぎる。しばらくはこの屋敷を拠点にして相手の出方を探るべきだろう」
「でも、それじゃぁ――先輩たちにご迷惑が」
 気まずそうにマグナが呟くと、いつかの朝食の折のようにミモザがすばやく席を立ち彼の頬を思い切り引き伸ばした。痛みにマグナは小さく悲鳴を上げ、その瞳からは涙が見え隠れしている。
「――へ、へんふぁい!?」
「――もう!いつまでも同じことを言わせないの!これは先輩命令よ。ねぇ、ギブソン?」
 突然ミモザに話を触れられギブソンはきょとんとした目をしていたが、じゃれあっているような二人の様子をみてクスリと口元を上げながら小さく頷く。
「あぁ、そうだね」
「へ、へんふぁい……」
 ミモザはもう既に頬を引っ張る手をはずしているのだが、ろれつの回らない口でマグナは感動した瞳をギブソンに向けた。
「まぁ――」
 フォルテがテーブルに足を乗せ、ぎしりと椅子に体重をかけて揺らした。行儀の良いとはお世辞でもいえないその態度に、隣に座るケイナの眉がぴくりと吊り上がる。
「俺たちの問題はそれでいいとして――次は、あいつらだな」
 そう言ってフォルテはに視線を向ける。罰の悪そうに、は顔を伏せていたのだが、次第に増えていく視線に押し耐える気力もなくがたんと勢いよく席を立った。
「私、三人の所へ行ってきます!」
 もう「どうなってもいい」と言った風に、半ばやけくそでは叫んだのだがその言葉にフォルテは大変うれしそうに笑い「それでいい」と、ニカリと眩しい歯を見せた。

 ドアの前で、はすうっと何度も深く呼吸をした。部屋の中からは誰とも取れぬような声が聞こえるが、話の内容まで聞き取ることはできない。あの三人の間に入る余地が、私などにあるのだろうか?と、思わずにはいられない。旅の仲間の中で、三人とは一番長い付き合いだとはいっても――あの三人の仲は幼少の頃より築き上げられたものだ。いまさら、出会って一年の付き合いしか持たない私が介入したところでいったい何を変えられるのだろう?彼等の傷を癒す?一緒に敵を倒すと、言う?
 だけど、そんな事をしても駄目だということはわかっている。三人に何かをしてあげることなんてもしかしたらには出来っこないのかもしれない。この部屋に来たのは三人の様子を見て――ただ自己を満足させたいだけなのかもしれない。
?」
 思考にふけっていた頭が、急に目覚めた。その名前を呼ぶ声に、視線を向ければマグナが階段からゆっくりとこちらへと向かっている。
「どうしたの?」
「うん――うん、その」
 この複雑な気持ちを彼に言うべきか、迷って――は視線を泳がした。
「私なんかがいっても――意味がないんじゃないかと思って」
「そんなことはないよ。絶対に」
 マグナが素早く返したのに、は驚きに顔を上げた。
「人って、良いも悪いもあるけどさ――そこに居るだけで影響があるものなんだよ」
「影響?」
 の言葉にマグナはうん、と頷き。瞳を細め、微笑むような顔を見せた。
「何かを変えられるって事。気の聞いた言葉なんていらないんだ。変えようとしなくてもいいんだ」
「でも――」
「それに、なら大丈夫だって俺は思うよ」
 自信が無いのか、再び伏せ気味になったにマグナは言葉の雨を降らす。
「君が木から落ちたとき、助けた俺に言ったよね――もっと自分に自信を持ったほうがいいと思う――それだよ。
 マグナの言葉に、は数日前の出来事を思い出す。護衛獣のことで悩んでいるマグナを必死に励まそうとした事――それを思い出すと今の悩みがほんの少しだが――小さく思え、なんだか不思議と気持ちが軽くなってきた。はマグナを見上げた。
「ありがとう」
 にこりと微笑むと、マグナは頬をうっすらと染めて頷いた。
「お邪魔じゃなかったら――俺も行くよ。これからの事を彼等にも聞きたいし」
 ドアノブに手をかけたの後ろでマグナが言った。は彼を振り返って、「うん」と一声頷く。

 気の聞いた言葉なんていらないんだ。変えようとしなくてもいいんだ――もっと自分に自信を持ったほうがいいと思う――気の聞いた言葉なんていらないんだ。変えようとしなくてもいいんだ――それだよ。――マグナの言葉を呪文のようにリピートしながら、は今度は深呼吸もしないままゆっくりとドアを引いた。

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