18:Combat beginning


 ドアを開くと、辺りには既に黒い衣服や甲冑を纏った兵士達に囲まれていた。高級住宅街にありもしないような不自然な光景の最中――昇り階段の上――兵士達の上に立つように一人の男が立っていた。キラリと何かが光るのには目を細め、その影を見た。ぼんやりと視界が鮮明になり、男の顔がの中に入ってくる。
「あ!」
 は思わず指差したい気持ちに駆られた。階段の上に立っているあの男を見たことがあるからだ。逆光に眩しく光っていたのは男の金髪が反射していたせいだ――
「早く出てゆけ。ここはじき戦場になる」
 レルムの村で忠告をくれた――
「さっきからこちらの様子を伺って何の用だ」
 そして、繁華街で出会ったあの男だった。予想だにしなかった再会の驚きに小さく声を漏らしただが、周りは彼女のそれには気が着いていないようだった。しかし俄然微動だにしない彼女の視線を受け、ふっと金髪の青年が彼女の方を見やって――そして、眉を顰めた。

「この屋敷の者か?」
 高く通る声が耳を通った。
「いかにも――そこで、立ち退きを願いたいんだが」
 ギブソンが声を張り上げ、頭目であろう青年にそう言うと彼は嘲笑するように片方の口元を吊り上げた。
「お前達が匿ってる者を出せば考えてもやらない事はないぞ?」
 匿っている者――とはきっと、アメルの事なのだろう。
「匿ってるとは?今の屋敷には私達の他、誰も居ないはずだがね」
 確かにそれは事実なのだが――誘いをかけるようなギブソンの言葉に、青年は不機嫌を顔に表すように眉を寄せた。濃い色の瞳で憎らしげにギブソンを睨んでいるが、ギブソンはそれを猫に睨まれたかのように微動だにせずたたずんでいる。
「嘘言を――しかし、裏に回ったところであちらにはゼルフィルドが居る。屋敷に居るなら力ずくでこの道を通してもらおう」
「ふん――誰が通させるものか」
 そう言って、フォルテが先駆けたように大剣を鞘から引き抜く。するとあたりからガチャリと――敵も味方も各々の武器を構え始める音が響いた。は静かに指に力を込め、杖を強く握り締めた。いよいよ戦いが始まるのだ。はごくりと息を呑んだ。――戦闘訓練を受けていたとはいえ、レルムの村でのあの惨事を合わせてにはこれが二度目の真剣勝負ということになる。
総員!かかれ!!
 隊の頭目であろう、男の声に一気に団員が火がついたような勢いで達の方向へと飛び掛ってくる。は思わず一歩後ずさりそうになったが、足元を強く地面に押し付け必死にその場にとどまった。

 血の匂いが鼻に入ってくるのは不可抗力だった。レルムの惨劇に比べれば被害は互いに少ないのであろうが、それでも人が傷つけられていく様を見るのはには辛かった。はバルレルの後ろに援護をするように長い階段を上っていた。リーチの長い槍を使い、バルレルはズカズカと我が物顔で相手を押しのけ進んでいく。
「死ね――!」
 階段下から、野太い声が聞こえた。バルレルと同じように槍を構えた男が大きくジャンプをしてバルレルの目の前までにやって来た。
ロックマテリアル!
 ヒュンっと風を切るような音が聞こえ、上空に円盤状の光の輪が出来上がる。が杖を振り上げその名前を呼ぶと大きな岩盤が槍を構えた男めがけて落ちてきた。
「ぐわっ!」
 一回きりで岩に押しつぶされ身動きの取れなくなった男を見て、よりも何故かバルレルが嬉しそうに「やるじゃねぇか」と、ケラケラと顔をほころばせた。対しては嬉しさよりも驚きに目を見開いてしげしげと、自分の腕とギブソンからもらった杖をながめた。
「行くぞ。頭を倒せば――この戦いは終わる」
 バルレルはそう言って身軽に足を進ませる。ガキィンと剣の交える音の最中、もその背中に必死についていった。やがて階段の上部まで来て、頭目であろう金髪の男の目前にまで二人はやってきた。男は冷ややかな目で二人を見た後に、立てかけていた黒い柄の槍を取り出し――構えた。

「おっ――らぁ!」
「はっ!」
 ガキィンっと火花の飛び出しそうな金属音に、は驚き息を呑んだ。バルレルは力の限りといった苦い表情で押し込もうとしているが、相手は冷ややかな表情でその槍を受けている。これでは子供と大人のやりあいにしか見えない。
「それだけか?」
 男の言葉に、もバルレルも眉を寄せた。だが、怒っているバルレルの槍を受けたまま――それから視線を外し男はの方を見た。
「僕は"逃げろ"と忠告したはずだが――」
 男の言葉に、の顔がかぁっ――と赤く蒸気した。恥ずかしいとか、そう言ったことではない。戦いの場において無神経な男の言葉にただただ腹が立ってしょうがなかったのだ。
「逃げるわけないでしょう!」
 その言葉に男がふっと口を吊り上げる。笑われているとでも思ったのかもしれない――は自分でも何をしてるか分からないままサモナイト石を握り締め、魔力を込めていた。

ドゥン――!!

 花火が飛ぶような音が聞こえた。男も、バルレルも、も皆その音に身を固まらせたが――足元に当たる生暖かい感触に、が飛び上がるように悲鳴を上げた。
「ひゃぁ!」
「キュワ!」
 見れば足元に何かがに擦り寄るように身を付けていた!思わず踏んでしまいそうになるが、どうにかそれを避けようとゆっくりと足を下ろす。"キュワ!"と可愛らしく声を上げたそれはの知識にもあった――サプレスの召喚獣"ポワソ"だった。ポワソは深く被った紫色の帽子をその短い手ですいっと引き上げ――そこから見える大きな瞳でじっとを見つめた。
「キュワ!」
「ひゃぁ!」
 ポワソは唐突にジャンプをしてにタックルしてきた。いや、性格には攻撃的なものでは無いのだろうがにはそれが"タックル"と呼ぶほどの衝撃だった。そしてそのポワソの行動には再度驚きの声を上げた。小さな身体で大きく跳ね上がったポワソをは落ちないようにと慌てて、杖もサイモナイト石も放り出し――両腕の中に収めた。腕の中に納まったポワソは再び高い声で一鳴きし、機嫌よさ気にに身を摺り寄せている。

「び、びっくりした――」
「何が、だ――!ふざけてんじゃねぇぞ――!こんな時に」
 苦しそうな声が聞こえ、ははっとしてポワソに向けていた視線をバルレルに戻した。いつの間にそうなっていたのだろうか、彼の槍は明らかに男に押されていた。
「この程度か――」
 男が皮肉を込めたように吐き捨てたので、はきっと彼に睨みをきかせた。そうだ、バルレルを援護しなくては――とは杖を構えようとしたが――両腕が小さな召喚獣によって動かすことが出来ないことに気が着いた。どうしよう。
「あ――」
 どうしようと、パニック状態になった頭では苦い顔をして男の槍を受けるバルレルを見た。援護を求めようと後方を振り返っては見るが、皆それぞれの戦いでこちらに手を貸す余裕など無いように見える。
「――遊びは終わりだ!」
「――っく!」
 足が地面を擦るほどまでに、バルレルの槍は押されている。は混乱した頭でその光景を見て彼の名を呼んだ。
「バルレル!」

――――――!!

 するとその声に反応したかのように突然、の腕の中に居たポワソが今までに無いようような甲高い声を発する。耳に痛いものではないが、音と表現するのも難しいような声だった。そしてその声を発すると同時にポワソの身体からは強い光が発せられる。
「え?」
 驚きには腕の中の召喚獣を見た。彼の丸い紫の瞳は――槍使いの頭目へと向かっている。すかさず視線を動かし、はバルレルを押し込めている男を見て――そしてその上に光が放たれるのを見た。
「ック!?」
 突如現れた星光に男は目を細める、そしてその隙を狙ったようにバルレルが一度緩くしたように槍を引き、一気に押し込んだ。ガキィン――と、ぶつかる音がし光が消えたその場の光景は、先ほどとは間逆にバルレルが男を押しているものだった。
「この程度、か――?」
 先刻男が言ったものと同じ言葉を言い、バルレルはニヤリと口の端を吊り上げた。目には爛々とした闘気が満ち溢れていて、生き生きとしている。
「っく――!?」
 苦虫を噛んだように、男は極端なその顔を歪めた。そして、その瞬間にポンッ――と、軽い爆発音が響きの腕の中からポワソは消えていった。


ドン――ドゥン!!

「っな!?」
「銃声!?」
 間近で聞こえたその音に、も――バルレルも身を引き男から離れる。目を凝らして男の背後を見ると一つの大きな影とそれに並んだ兵士達の姿が見受けられた。
「イオス」
 機械音が反響した。男の後ろにやってきたのは一体の大きな機械のような用兵だった。その機械の出現に男は彼の隣に立ち、戦闘でまみれた服の埃を腕で払いのける。もバルレルも相手から銃声が聞こえたということもありまともに動くことが出来ずにその場に固まっていた。
「ゼルフィルド――」
「我々ノ隊モ終ワリダ」
 機械兵士の言葉にイオスは「そうか」と、静かに頷いた。そうしてとバルレルに軽く視線を向けた後に戦闘の経過を見通すように辺りに視線を泳がした。やはりギブソン先輩という強い手があってだろうか、明らかに達側の方が有利に敵っている戦闘となっていた。

「誤算だったな。これほどの召喚師が付いていたとは」
 そう言って男はと、遠方に居るギブソンに視線を回した。何か文句を言ってやろうと、は口を開きかけたがそれよりも先にリューグが怒声を上げた。
「何をすかしてやがる!テメェ!」
 しかし"イオス"と呼ばれた槍使いの男はリューグの言葉など眼中にないように、口元に手を当て考え込むように眉間に皺寄せした。
「どうにも……これでは分が悪いな」
「撤去スベキダ。イオス、コノ騒ギデハジキニ王都ノ兵士がヤッテクル」
 機械兵士の言葉に、彼はふっと瞳を伏せ、そして開いて息を吐いた。
「――やむを得まい。総員撤退だ!」

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