17:Combat beginning


 美しい再会も終わり、双子の療養を進ませるように――あのレルム村の災害が嘘のように思えるほど――白い雲が空を流れ――温かな風が頬を撫で付ける――穏やかな日々がゆったりと流れていった。

 双子は傷は治ったというもの、一応はベットで療養――アメルはその付き添い――フォルテは本人曰く、大人流の繁華街遊びとやらに勤しんで行っている――他の皆も気ままにショッピングやら談笑をしている。けれども、そのどれにも混ざる気がせずには護衛獣と日を弄ぶよう、部屋の天井の染みを見つめるようにベットに寝転がっていた。
「まぁ、二人が戻ってきて良かったわよね」
 取り合えず護衛獣とコミュニケーションを取ろうと、はゴロンと頭を起こした。
「どうだかな」
 の言葉にバルレルは悪巧みを覚えた子供のように、悪戯な笑みを作った。
「あいつら――あそこに居た兵士よりあきらかに弱かったぜ。敵が火にまかれたとはいえ、大きな傷無しでここに帰ってきたのは奇跡に近いと思わないか?」
 「確かに」と、頷くべきなのだろうか?バルレルの言う通り――あの時は予想外にアグラさんが居たから五分と思えた戦力だが――ロッカもリューグでは戦力的に村を襲った連中とは比にならないほど弱いのは事実である。けれども時が立ち、苦労して帰ってきた双子を見たばかりのは素直に頷くことが出来なかった。
「だけど――」
「罠かも知れないぜ」
「だけど――」
「――だけど――だけど――だけど――あぁ、もう。"だけど"ってお前は何なんだよ!」
ボフンと、バルレルがベットの上で荒々しく羽を揺らした。
 は返す言葉がなく、眉を寄せて考えていた。
 罠――?バルレルのいう言葉が妙に頭の中に引っかかる。
 確かに、あの状況で二人が軽症で戻る可能性は――少ない。だけど、罠だとしたら。一体何故彼等を逃がす?――村を燃やされ復讐に燃える青年を何故?――彼等が必然的に戻る場所――黒い騎士は聖女を求めていた――行き着く先――ロッカとリューグはアメルの元へと帰ってきた――黒騎士は言った『聖女を渡せ』と――もしかして――の眉間には考え事をする度に深く皺が寄っている。
 マグナが今の彼女を見たらきっとそっくり兄弟子を思い出すだろう。すると、突然がちゃりと部屋のノブが回りそこからぴょこんと赤い髪が覗いた。
「おい」
「はい」
 気迫のこもった表情で、凄む様に声をかけられは怯えきった声で小さく返事を返した。部屋へ入ってきたのはリューグだった。
 リューグはちらりとベットの上で不機嫌そうに目を吊り上げているバルレルを見て、そしてへと視線を戻した。
「来い」
「はい?」
 リューグの言葉が唐突すぎて、は疑問系でそう返す。いらいら――と、言うほどではないがリューグは眉を顰めてこう返した。
「連中が来たんだ――俺達の村を襲った奴ら――どうやら、ずっと付けられていたらしい」
「え?」
 理解の遅い彼女の様子に、リューグは腕組みをし苛立った声を上げた。
「黒騎士の仲間が俺達の後をつけていたんだ――そして、今この屋敷の外で剣を構えて待ってる――わかるか?――悪いが、俺達はまんまと奴らの策にかかったんだ――それはともかく、今は戦闘だ!戦うんだよ。外の奴らと」
「ほぉら!見ろ!!」
 リューグの言葉にバルレルはぴょこんと身軽にベットから飛び降りての隣まで走り寄ってきた。突然飛び出してきた悪魔にリューグはますます眉間の皺を深くしていたが、バルレルはそんなことはお構いなしに機嫌良く口角を上げてに言った。
「俺様の言ったとおりだ!」
 返す言葉もなくは黙り込んでいた。すると、リューグがしびれを切らしたかのようにむんずとの腕を引きバルレルを追い越してドアを抜けていった。
「ちょ――ちょっと!?」
 急展開に、は目をぐるぐると回しそうだ。階段を走る様にリューグはを引っ張って――バルレルも身軽にその隣に付いて来る。
「早くしろ。連中とは戦わなくちゃいけない――数あわせだ。そこの悪魔も来い!」
「はぁ?何で俺が」
「怖いならそこに居てもいいぜ」
 挑発するようにニヤリと笑うリューグを見て、バルレルはぐぐっと息を呑んだ。三角に瞳を吊り上げてバルレルは何も返すことなく手に持つ槍を強く握った。

「全員。集まったようだな」
 階段下、大広間の中心で予想と反して穏やかな顔をしたギブソンが息の荒い達を見て、そう言った。
「さて、状況は話したとおり――囲まれている可能性が高い。そこで、」
 ギブソンはちらりと隣のミモザを一眼する。
「ギブソンは玄関に固まっている人たちに苦情を――私は、アメルちゃんを連れてお散歩に行くことにしたんだけど。貴方達はどうしたい?」
 選択の言葉、けれどもミモザの言葉の中にアメルという名が入っていたのに、サユリはいち早く視線を彼女に合わせた。もちろん、には選択する気も何も無い。最初からアメルの居る道をとると決めているのだから。
「アメ――」
「てめぇはコッチだ」
 ぐいっと腕を引かれは言葉を失った。後ろを振り返るとリューグが高らかに自分を見下ろしている。
「でも――」
「アメルは馬鹿兄貴に任せろ。それに――戦力的にお前が玄関の"主力側"にいた方がいい。裏口で勝っても、こっちが負けたら意味がねぇ」
 珍しく筋の通ったリューグの言葉には頷くほか無かった。名残惜しそうにアメルの背中を見送り――そして、はある事に気が付いた。
あぁ――!?
 周りが驚き、びくりと肩を動かした。は戸惑ったように瞳をウロウロと辺りに彷徨わせている。様子が可笑しくなった彼女に、リューグが懸念そうに問いかける。
「どうしたんだよ?」
「剣が――武器が無いの!」
 そう、すべてあの村に置いてきままだったのだ。

 が助けを求めるように辺りに目を泳がすと、皆がそれを避けるように明後日の方向を見やった。
 リューグに――マグナに――バルレルに――ネスティ――フォルテ――しかし、ギブソンだけは視線を逸らすことはせずに、何故かにこりとサユリに笑いかけた。
「すまないが、この状況だ。買出しに行くような時間を敵は作ってはくれない――これは、私の古いものだが、扱いやすい品だから――」
 そう言って彼は部屋の隅まで行き、一つの細長い杖を持ってきた。銀細工で出来たような棒には幾つもの魔力を高めるであろう色とりどりの水晶が埋め込まれており――素人のでさえ一目見ただけでそれの質の良さを感じた。
「ネスティから聞いたよ。召喚獣を呼べたのなら大丈夫」
 彼は次にころんと二個のサモナイト石をの手に握らせた。一つはバルレルを呼び出したときと同じようなサプレルを主張する紫色のサモナイト石――もう一つは無色のサモナイト石だった。次々とに対処をしてくれるギブソンに、はお礼を直ぐに返すことも出来ず目をパチクリとさせ、腕に押し抱えられた杖と掌にのったサモナイト石を交互に見た。
「危険を感じたら直ぐに後方に行きなさい。いいね?」
 ギブソンは念を押すように問いかけて、緩くの肩に手をかけた。両肩に強く掛かる大きな掌の重さに、はじんわりとした確かな温かみを感じた。まるで、そう――幼い頃に父親に抱きかかえてもらったような――そんな暖かな気持ちだ。
「ギブソンさん――ありがとう」
 絞り出したお礼の言葉に、ギブソンはふっと笑って返してくれた。そうして彼はそのまま先頭に立ち、玄関まで皆を率いる。やはり天井の高い――玄関の正面で、ゆっくりとドアを引くギブソンの背中は何故か――高くそびえ立つ岩ほどにには大きく感じ取れた。

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