15:再会


「わかるのよ。何となくだけどね、こう見えても有能な占い師だから」
 そう言って女性はふふっと艶やかにに微笑む。"占い師"と、彼女の見てくれに反する職業の名前が挙がったことにはピクリと眉を上げるが、言葉を押し殺して女性の話を聞くことに専念した。
「たとえば、あなたがこの世界の人で無いこともね――」

「どうして、ですか」
 尋ねながらも、はとっさに自分の正体を見破った事の動揺を隠し切れないようで鋭い瞳で女性を見返した。
「そう警戒しなさんなって――どうして?ですって――私でなくとも、わかる人にはわかると思うわよ。あなた、身体中から魔力を放ってるもの――それも普通の召喚師の比で無いくらいに。この世界ではね、生まれつきすべての人が――自らが放つ魔力の制限をある程度コントロールできるようになってるのよ。あなたにはその枷が無い、そしてその特殊な存在ゆえに制限も無い」
 彼女のその言葉には黒い瞳をぱちくりとさせた。
 この女性は何を言っているのだ?魔力が強い?人並みにしか召喚が出来ないこの私が?
「あらら、信じてない?」
「いきなりそう言われても…」
「そう。だけど、気をつけなさいね。見る人によっては貴方、利用されるか――殺される可能性が高いわ」
殺される!?
 がたんっと音を立てて、は椅子から立ち上がった。女性は表情も変えずに、そんな彼女の様子を見つめる。
「何で――私が、どうして?」
「どうして?――簡単よ。マナ――つまりは貴方のように大きな魔力を持つ人間は――言い換えれば最強兵器にもなるものだからよ――まぁ、私は利用する立場だけど」
 ニヤリと口元を吊り上げた女性の答えにはぶんぶんと首を振った。
「違います!わ、私は普通の人間なのに――どうして、そんな魔力があるとか――殺すとか――利用するとか」
「――言うのかって?にゃはは。貴方って質問好きの人間ね――言ったでしょう?見えるって。それに貴方もわかってるんじゃない?あんな護衛獣呼んじゃったんだから」
「バルレルが?」
「そう。悪魔の彼」
 そう言って彼女はびしりとの戸惑いの顔を指差す。
「今はまだわからないみたいだけど、いつかきっと――彼に助けてもらう日がくるわ」
「はぁ……」
 疲れているのか、呆れているのか――は返事を返し女性がこちらを指している細長い指を見つめるだけだった。
「魔力の大きな人間はそれゆえに不安定だわ。戦い慣れてない貴方のような人間ならなおさら――だから」
 女性はそう呟き。を指していた指をすっと下ろした。そしてその掌を動かして机の上に大量に載せられているアイテムにジャラっと突っ込む。は何が起こるのだろうと、内心期待の気持ちを持ちながら女性の行動を見ていた。
「こういうものをお勧めするわ」
 女性が取り出したのは光る――中央には小さく主張するような赤い石が嵌め込まれているが――それ以外には銀に光る何の変哲もない細いラインの指輪だった。強力な剣や、ジャラジャラと魔力の込められたアクセサリーが出てくるとばかり思っていたは期待が外れたのに対し、心の中で苦笑した。
「左手を」
 女性は今までとは打って変わったような凛とした声を出した。は逆らうこともせず自らの左手を机の上に差し出す。女性はそれを片手で小さく引き寄せ、彼女の二番目の――人差し指にそれを嵌め込んだ。サイズなど知る由も無いだろうに、何故かその指輪はの指のサイズにぴったりと宛がわれた。は嵌め込んだ指輪の付いた手をすっと上へかざす。照明の下、逆光で黒く見える掌の中で指輪に付いていた赤い石がキラリと反射を繰り返しているように見えた。
「あの、これは」
 値段を聞こうと、は視線を落とし女性の方を見た。
「その指輪は私から貴方へのお客様記念プレゼントという事で――無料で提供するわ」
「で、でも」
 「何だか悪いです」と言い、は指輪を外そうと指に手をかけるがなかなかそれが外れない。女性はが指輪に四苦八苦しているのを見て、ふふっと頬を緩めた。
「いいのよ。かわりに何か他のものを買っていって頂戴。あの生意気悪魔にお土産なんてどうかしら?」


 軽い足取りで、は商店街を歩いていた。両手には大きな紙袋が一つ。
 いざという時のための救急道具、魔力の高いアクセサリー。それにと同じ種類の青い石の指輪や、色々なものを――全てあの女性の店で買い物してきたのだ。小さいわりには品揃えも豊富で値段もお手ごろなものが多く揃っていた。また、いつかあの店に行こう――と、酒に酔ったへべれけな店主の顔を思い起こしながらもはそう思った。
「――状況は?」
 良く通る声が道の先の繁華街から聞こえてきて、はふっと視線をそちらに向けた。軽い気持ちで覗いたつもりだったのだがそこへ来てはあっと目を見開く。繁華街のドアが閉ざされた店の前に一人の青年と、それに対話する男が居たのだ。そこで素通り出来るのなら良いのだが、はその内の青年の方を知っている。金色の髪に、白い肌、赤紫の瞳――間違いなくあの惨劇の夜にに「村を出てけ」と忠告をした男だった。
「そうか、伝達ご苦労。折り入ってまた指令を送る」
「はっ!」
 はきはきとした物言いに、言い慣れた感じを感じる。まるでどこかの国のお偉いさんみたいだ。そうこう思っては紙袋を掲げながらもぼうっとその青年の様子を見ていた。だが、相手の男が去った途端すっと青年の瞳がの方へと向けられる。はびくりとしながらも逃げ出すことが出来ず立ち止まったままそれを受け入れた。どうやらずっと前から気付いていたらしい。
「さっきからこちらの様子を伺って何の用だ。貴様――」
「ち、ちがいます!」
 何かを言われる前には飛び跳ねたように驚きそう返した。青年はその言葉にすっと威嚇をとるように瞳を細める。だが、彼女のそれが余計にを――紙袋を持って町を出歩くただの街娘に写させたのか青年は眉を寄せ息交じりに小さく首を振って、額をかかえるように掌を置いた。
「もういい――すまなかった。僕は疲れているんだ。早く何処かへ行け」
 "謝罪"と"疲れ"と"命令"の入り混じった彼の台詞には一瞬頭を悩ますが、意味を察したのか紙袋を落とさぬように手に力を込め走りさるようにその場をさっていった。だが、あまりに突然の事態に彼女は、その時紙袋から落ちたアクセサリーの金属音に彼女は気が付かなかった。

 少女が去って静けさの残った店の前。
 青年――イオスは短かなため息を吐いた。気が立ってたとはいえ民間人を怒鳴るような口調であたったのはイオス自身悔いてやまないことだった。どうして自分はいつもこうなのだろう、と非難めいた悲観の言葉がいくつも頭の中で浮かんでは消え――浮かんでは消える。
 そして自分も先ほどの少女のようにその場を去ろうと足を踏み出す。だが二、三歩も歩いたそこでふっと彼の足取りは止まる。足元に何か光るものがあったのだ。イオスは上半身を折って、指を伸ばしそれを掌に乗せる。瞳を細めると、細い輪の中キラリと光るものがあった。
「……指輪?」
薄暗い繁華街の中ででもその青い石は綺麗に反射を繰り返していた。

BACKTOPNEXT