14:密やかな休息日


 朝食が終わってそれぞれが自由行動に移った時間帯、はすぐさまバルレルを横に引き付れたまま――ミモザはどうやらケイナとの用事があるらしいので、手が開いてるだろうと思われるギブソンの所へと向かった。
 ギブソンの元へ行く――その理由は以前ネスに問いかけたものと同じことを聞こうとしたためだった。
 タナという召喚師について――蒼の派閥での先輩というのだから、ネスティ以上の知識があるのは必然だと言えるだろう。天井の高い大広間を通り、は一つの木製ドアの前までたどり着いた。意を決していたと思ってはいても、やはり緊張はするもので深く息を吸い込むようにして呼吸を落ち着けた。そんなの隣で悪魔がニヤリと口角を上げた。
「何だ。緊張でもしてんのかよ」
「う、うるさいわね!」
 がそう顔を染め、バルレルに叱咤するとガチャリと金属音がしてゆっくりと目の前のドアが開かれた。驚きに、目を見開くとドアの隙間から不思議そうな顔をした茶色い瞳が覗いていた。
「やぁ、どうしたんだい。そんな所で」
 ニコリと優しく問いかけるそのさまを見て、はふと彼を――いつも穏やかに微笑んでいた――タナを思い出した。
「あの!ギブソンさん達に質問をしようと思って――ミモザさんはケイナと用事があるらしくて、私、それで――ご迷惑でしょうが――」
「何言ってんだ…お前」
 自分でも何を言っているかわからないの言葉に、バルレルがため息交じりにそう呟いた。ギブソンはさらにドアを押し、彼の姿全部見えるほどの隙間を造った。彼はクスクスとの様子に肩を震わした笑いを見せた。何だか恥ずかしさを感じ、は顔を密かに伏せるように俯いた。
「わかった。おいで、椅子に座ってでも話せばいい――勿論、君も」
 最後に背中を見せ立ち去ろうとするバルレルに目配せして、ギブソンはそう言った。

 ギブソンの部屋は本がとても多い部屋だった。日当たりのいい二つの大窓からわざわざ照らされるような位置に、天井ほどもある大きな本棚がいくつも有り、全ての背表紙が色褪せていた。中にはがタナの家で読んだような本があったが、そう言った本はなぜか全部異様に古びたものだった。
「それで、質問というのは?」
 面談のような待遇で、正面にギブソン――その前に、そして隣にバルレルが座っている。は日の光にうっすらと目を細めながら逆光にそびえるギブソンに今までの――全てを言った。

 ネスティに言ったように――自分はこの世界の者ではないという事――普通の召喚獣とは違い言葉を使えなかったこと――タナと言う召喚師に拾われて育ったこと――その後なんらかの力でレルムの村に飛ばされ、今日に至ったという事。全てを話終えるとギブソンは考え込むように腕を組み、ネスティのように眉間にしわ寄せをした。
「どうにも、混乱しそうな話だ」
 彼はそう言って、組んでいた腕を解いた。そして、「まず一つ」と言って指を一本の前にあげて見せる。
「すまないが君が一番知りたがっているという"タナ"という召喚師は知らない。"タナ"が家名か本名かも定かではないし…一応ミモザにも聞いてみるが――その人物はおそらく蒼の派閥の者ではないだろう。単独で森に住んでいる召喚師なんて、私は今の今まで聞いたことが無いからね」
 その言葉にはがっくりきたかのように肩の力を抜く。
 もしかしてタナは召喚師という職業では無く――一般人以上に召喚術が使える人だったというだけなのだろうか?という疑問がふと、頭に浮かんだがそれを聞き返すまもなくギブソンが二本目の指を立てた。
「そして次にだが。私は君と同じようにリィンバウムを囲う四界以外の世界から来た人を知っている」
「本当ですか!?」
「――同じ世界から来たとは限らないがね。彼らが君と同じように言葉に不自由だったかも、聞いたことはないが」
 そしてギブソンは小さく項垂れて「すまないね。先輩面をしてもこんな事しか知らないんだ」と言った。本当に申し訳なくする彼に、は大きく首を横に振って「いいえ!」と叫ぶように言った。
「そんな事ないです!本当に助かります――私と同じような人たちが居るだなんて――それもギブソンさん達の知りあいだなんて――今日のことは小さな事かもしれないけど、私の三年間で――その――初めての収穫ですから。本当に、ありがとうございます」
 その言葉に偽りは一つとしていない。ギブソンの与えてくれたものは本当に彼女が初めて掴んだ手がかりだったからだ。
「お役に立てたようなら嬉しいよ。知人にも連絡を取って君に会う機会をとってもらうよう頼んでみよう」


 ギブソンから有力な情報を得たは心舞い上がる気分で、バルレルをお供に町へと出かけることにした。商店街へと続く道へ差し掛かったとき、はにこにことした分かりやすい顔をしてバルレルに話を降った。
「ギブソンさんもミモザさんもとってもいい人だと思わない?」
「別に」
 そっけなく返して、悪魔はそっぽを向くように明後日の方向を見た。はそれを見て、ふうっと軽くため息を吐き首を振る。
「しょうがない。欲しい物を買ってあげようじゃない。今はちょうどお金があるし」
「別に欲しい物なんて…」
 そう言いながらも、バルレルはちらりと横目でを見る。可愛らしい彼のその仕草には思わず口角を上げてしまいそうになるが、そうすると彼を屋敷に一目散に帰らせるほどに怒らせてしまうので耐えるように頬に力を込めた。
「何も無いことは無いんじゃない?ほら――アクセサリーでも防具とかでも――それと、高額でないのなら槍も一応新しいのを見ていきましょう」
「それじゃぁ――」
 バルレルはそう言って、かりっと羞恥心を隠すように頬を掻く仕草をした。そしてつり上がった赤紫の目でを見あげた。

「酒」

は?
子供の容姿でそう答えられは我が耳を疑った。
「酒だよ。酒が欲しい」
 バルレルはそう言って、顔を僅かに綻ばせた。だが、が何十秒も引きつった顔で無言になっているのを見て眉間に皺を寄せ、テンポを飛ばしたようにまたいつもの不機嫌顔に戻った。
「――使えない女」
「うぅ…」

 商店街は、さながら自分の世界の街並みと変わらないものだった。活気のある人々の声。それを呼び寄せる商店街の住人達。
 この世界に来て以来タナの元――レルムの村と森の中で暮らしていたにはそういった店達が何十件と並ぶこの商店道はとても魅力的に見えた。
「お姉さん!」
 威勢のいい、高い声が聞こえ。はピクリと後ろを振り返った。しかし誰だと思い振り返って見れば後ろには誰も居ない。気のせいか、と目をそむけは再び正面を振り返った。
う、うわぁ!
色気の無い声を出し、は思わず後ろに転びそうになった。だが、後ろに居たバルレルが自らの槍の柄の部分を使い彼女の背をすっと押しどうにかそれを阻止してくれた。

 が驚いたのも無理はないのかもしれない。
 後ろを振り返った数秒の間に目の前に見知らぬ女性が立っていたのだから。中国のチャイナ服のような真っ赤な衣装を身に纏い、怪しげに口元をニヤニヤとさせ、――その上の大きな丸眼鏡の奥の瞳からは怪しい色を放っているその女性。
 そして彼女が唇を開け、ニヤ〜としたその瞬間に強烈なお酒の匂いがの鼻を突いた。
「あら。驚かせちゃった?」
 「ごめんね〜」と、女性は何が面白いのかケラケラとした笑い声を出した。やがて女性は、とバルレルが呆れたように自分を見ていることに気付いたのか、笑うのを停止し、丸めた掌を口の前にやりコホンと短く咳払いをしてみせた。
「ちょっとお嬢さん方。私のお店で買い物してくれない?今ならお安くしとくよ」
「はぁ…」
「おい、めんどくせぇ。無視しろ」
 バルレルはそう言って、女性の横をすり抜けてずんずんと奥へと進んでいった。だがしかし、は動くことせずそこに停止してしまう。
「あ、あの――バルレル。お金半分渡しておくから、別行動しない?」
「はぁ?」
 何を言ってるんだ?と、言った半眼でバルレルはを見据える。女性の後ろから、背伸びをするように彼を見据えはさらに続ける。
「私、この人のお店に行こうと思うから」
「まー、お姉さん!さっすが!見る目あるわー!!」
「…勝手にしろ。金もいらねぇ」
 はぁ、と喜ぶチャイナ女性の後ろから短いため息が聞こえた。その溜息の張本人であろうバルレルの表情を確かめようと、は女性の横から顔を出そうと試みたが、その暇もなしにチャイナ女性はの腕をガシリと掴んだ。
「私のお店は直ぐそこ。さぁ、いらっしゃい――メイメイさんのお店へ」

 お店は兎に角異様に赤かった。
 メイメイがを誘った"メイメイさんのお店"というのは、武器屋のお店というよりは飲食店に近いような雰囲気を持った場所だった。至る所に怪しげな雑貨がありそれがどうにもこの場所に合っているのがまた何ともいえない不思議な空気をかもし出していた。
 小さな日本人形のようなものがあったのではそれに触れようとゆっくりと手を伸ばした。その瞬間いつの間にか店の奥に消えていたメイメイの声がに掛かる。
「さ、お嬢さん――貴方はこの店でお買い物しておいたほうがいいわよ」
 はさっと人形から手を引っ込めて、店の奥から出てきたメイメイに尋ねる。
「どうして?」
「そう決まってるからよ。運命が」
「う、運命?」
 女性の話に違和感を感じ、どもりながらは言葉を繰り返した。それに大して彼女は「そうよ」と呟き、中央にある真っ赤な机の傍に二つあるうちの一つの椅子を引き抜いて、艶やかに足を組んで腰掛けた。
 机の上には剣や――銃――防具にアクセサリー――人形や髪飾り。どこかレルムの村の店とは違うような形のそれらが並べられることもなくジャラジャラと円状の机の上に積み上げられている。茫然とはそれらの物を見ていたが、やがて女性に「座って」と施され慌てて椅子を引く。
 もしかしなくても、ここはおかしなお店なのだろうか?と、思いは不安を隠しきれない表情で目の前に座る女性をチラリと見上げた。真っ赤な部屋の真っ赤な机に座った彼女の瞳は最初は黒く澄んだ綺麗な色に見えていたのに――どうしてだろう?今ではメラメラと炎のように見える赤い光がその中に映ったように輝いている。
「さて」
 彼女の開口から仄かに香る酒の匂いに、ふと置き去りにしてきてしまった召喚獣のことがの頭に浮かんだ。

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