13:密やかな休息日


 木漏れ日の射す、優しいその空間がは大好きだった。

 そこへ行けば彼に会える、そこへ行けば彼に触れられる。
 大好きな彼の背中を見つけ、は草むらを力の限りに駆け出した。
 そうして縋りつくように彼の背中に抱きつく、彼女のその行動にゆったりと黒い髪が振り返る。
 がニコリと笑いかけると、その薄い紫の瞳を彼はゆっくりと細めた。
「どうして君がここに居るんだい?」
 その言葉にの顔から笑顔が消える、けれども彼は瞳を細めたままに優しく彼女を見つめる。
「君はあの黒騎士に殺されたんだろう?」

 そこで視界は一変する。

 ――紅に揺らぐ黒い森の影、それを覆う灰色の雲と煙――その最中に立ち尽くすの前に黒い騎士が立っていた。黒い騎士はに甲冑の顔を向け――待ちわびた。と言わんばかりに小さく頷いた。そうしてその大きな剣を振り上げ――へと振り下ろした。


いや!
「――なっ、驚かせるなよ!」
 ベットから立ち起きる勢いでは上半身を起こしていた。状況を確認するように隣を見ると、横のベットでバルレルが胡坐を掻いた姿勢のままに、を驚いた顔で見ていた。だがバルレルは怯えきったの表情を見て、まるで好物の食べ物を目前にした子供のように活気ある笑顔を見せた。
「何だ、昨日の惨事を思い出して怖くなったか?」
「ううん。怖い夢を見たの」
 そう言ってはくしゃりと自分の顔にかかる黒い前髪をかき上げた。そんなの言葉にバルレルは「はっ」っと、リューグのような嘲笑を漏らした。
「現実より夢が怖いってか。たいしたもんだ」
「そう、なのかな」
 バルレルの言葉には自虐的に小さく笑い、ベットの上で膝を抱えるように頭を埋めた。思考がぼうっとするなか、隙間から隣のベットを見るとバルレルの赤紫の瞳とかち合った。彼は何か気に食わないことでもあったのか、子供が拗ねたように俯きながら――睨むようにこちらを見ている。
「お前、何か。勘違いしてるよな――」
「何が?」
「クスクス、クスクス、笑ってばかり。人に馬鹿にされて何が可笑しいんだ、てめぇは」
「あら、バルレルって"人"だったの?」
「……」
 の言葉にバルレルは目を三角に吊り上げて、きっと尖った八重歯を見せた。猫が威嚇しているようだ――起きたばかりで思考の働かない頭ではふとそう思った。
「言っておくが、俺は人間と仲良くする気なんてないからな!――お前の命令は聞くが、それだけだ」
 バルレルの言葉に、はすっと顔を上げる。彼の拒絶の言葉が少なからず胸に突き刺さるような痛みにかわり、悲しみのような感情が浮かんできた。そうこうして戸惑いながら悪魔を見ているの頭にいつかのあの声が響いた。

『信じる勇気を持ちたい』

「私、バルレルの自慢になるような召喚師になってみせるから」
 唐突に――ニコリとした表情のままがそう言うと、バルレルは驚いたように目を見開いて彼女を見つめた。
 言った言葉が理解できないのか暫く二人の間に沈黙が流れたが、数秒たってバルレルがにんまりと怪しげに口角を上げた。
「無駄な努力だと思うがな」
 彼の言葉には安心したように、息を吐き。そしてベットへ再び転ぶように寝転がった。まるで幼い子供のような彼女の行動にバルレルが呆れ果てていたちょうどその時、下の階から朝食の席へと二人を呼ぶアメルの声が聞こえた。

「おはよう」
「おはようございます」
 階段を下りてまず目に入ったのは天井の高い大きな広間――その広間の端の方――階段の入り口下に湯気の発ったマグカップ片手にミモザがに短く挨拶を交わした。
「昨日は良く眠れたかい」
 突然聞こえた聞き覚えの無い声には後ろを振り替える。の後ろにくっついて下りてきたバルレル――その後ろに一人の男が居た。金色の柔らかそうな長い髪の毛。色の白い肌、ブラウンの瞳を優しく細める男は重たそうな召喚師用のローブに身をくるんでいる。
「酷いな。ミモザ、僕の紹介をしてなかったのかい?」
 男はそうやって何の反応も返らずキョトンとしているを指差し、不満だと言わんばかりにミモザに視線をやった。彼女は優雅に朝のティータイムを楽しみながら、男の言葉に「まぁね」と頷いた。そっけない彼女のその反応に、男は一度溜息を吐き、苦笑交じりにに視線を戻した。
「紹介が遅れたね。私はギブソン――ミモザと同じくマグナやネスティの派閥での先輩といった所だ」
「宜しくお願いします。です。この子は――バルレル」
 そう言っては後ろに居ながらもこちらを向いているバルレルの肩を持ち、回れ右させるようにギブソン側へと体を方向転換させた。「よろしく」と軽く膝をおりバルレルに挨拶をしたギブソンを前に、バルレルは荒々しい鼻息を噴いた。

 お皿を持ったアメルが近くへとやってきたので、は「おはよう」と短く挨拶を交わし、辺りを見回した。大広間にはもうすでに沢山の人が朝食を迎えていた。アメルの作ったであろう朝食を食しているフォルテにケイナ――ネスティはもうすでに食べ終わったようでミモザと同じようにカップを片手にテーブルに付いている――そのネスティの隣にちょこんとハサハが座っているのを見て、はふと疑問に持った。
「マグナは?」
「熟睡中だ」
 の問いかけに、ネスティが一声でそう言った。

 大方何人かが朝食を終えて人段落付いただろうという空気になると、それと同時に二階からドタバタと何かが落ちるような物音が聞こえた。ネスティが眉を寄せて天井の一部を睨んでいるのを見て初めて気付いたが、それはマグナがベットから落ちた騒音だった。
「お、おはよう」
「おはようさん。随分と遅い朝ね」
 ミモザがからかうようにそう言って、マグナはようやく自分以外の者がすでにこの場に居ることに気付いたのかショックを受けたような顔をした。
「ミモザ、無理も無い。彼等は昨日あれだけ疲れ果てていたんだから」
「そうよ。私も今来たばかりだもの」
 フォローをするようにギブソン――続いてがそう言った。マグナは二人の言葉を信じたかは分からないが、ほっとしたような表情を見せての隣へと席に着いた。

「ですが、」
 コトンとカップをテーブルに置き、ネスティが改めるようにそう言った。
「先輩方には本当にご迷惑を――今は状況が状況なので本部を頼るのはどうかと思ったので――先輩達しか思い浮かばなかったんです」
「いや、懸命な判断だと思うよ」
 ネスティの言葉にギブソンがそう言うと、フォルテが口の中に食物を頬張りながらフォークでギブソンを指差した。
「そおいう、あんた達はどうなんだい?蒼の派閥の人間って事はイコール、俺達にとって危険な人ってわけじゃないのか?」
「フォルテ!」
 ケイナが叫ぶようにそう言ったが、フォルテは頑なにした表情でギブソンの方を見ている。ギブソンはギブソンでフォルテの言葉に罰が悪そうな表情を作って、後は頼むよといった具合にミモザのほうを見た。
「今の私達はね、派閥での――まぁ、はみ出し者って存在なのよね。これでも罰を受けている最中なのよ」
「罰?」
 ミモザの言葉にがそう首を傾げると、彼女はこくりと頷いた。そうしてギブソンが後を続ける。
「前回の任務のとき、個人的な理由で派閥の命令に逆らってしまってね。除名処分になろうって所を今回の任務につくのを条件に許していただいたんだ」
「へぇ――見かけによらずやることやるじゃねぇか」
 何故か嬉しそうにの隣でバルレルがそう言った。だが対してネスティは青ざめた顔をして、先輩達を見ている――恐らく彼等のした行動にショックを受けているのだろう。
「そんな――信じられません。先輩のような人が」
「確かに――ミモザ先輩だけならまだ――わひゃ!
 突然隣から聞こえた奇声にはびくりとしてそちらを見た。見ればいつのまに移動していたのかマグナの後ろにミモザが立っており、座っている彼の頬を力の限りに引っ張っていた。
「わーるい、お口だこと!」
「へんふぁい!――いひゃい、へふ!――いひゃい!!」
「あ、あのミモザさんそろそろ止めてあげたらと……」
 内心びくびくとしながらも、隣の惨状を見ておられずはそう返した。ミモザは悪戯に光った目でにすっと視線を向け、そしてもう一度マグナを見てすぱっとその頬から手を離した。

「でも、それなら余計に私達の事情に巻き込んでご迷惑なんじゃ……」
 困惑した表情でケイナがそう尋ねると、ミモザは問題ないとばかりに片手を上げて顔の前で否定の意で振って見せた。
「可愛い後輩のためだもの」
 彼等の本心であろうその言葉を聞いて、は隣のマグナへと視線を向けた。マグナは赤くなった頬をなでつけながらも自分のほうを見ているに気が着いて、にこりと笑った顔を見せた。
 ほらね、頼りになる先輩達だろ――その笑顔は何故かそう言ってる気がした。

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