8:It disappears with moonlight


 夕日が背を射す中、木造の家に駆け込むとそこにはやはり予想通りの顔があった。青い髪をした青年がドアを開いたと、その後ろに居る青年マグナを見るとニコリと笑い返してきた。ロッカはドアまで歩み寄り、に言った。
「お帰りなさい。それと、帰って早々頼み事なんですけど」
「あぁ、今日は夜勤なのね」
「ええ、すいません。それで――後ろの人をここに連れてきたのなら分かるかもしれませんが――彼等の世話を頼みたいんですが、ついでにお爺さんも」
「アグラさんがついでなの?」
 ロッカの言葉にクスリとが笑う。ロッカも彼女の言葉にやんわりと目を細める。そしてマグナは、そんな仲良さげな二人の様子を茫然とした様子での後ろから眺めていた。
「行ってらっしゃい。夕食の心配なら大丈夫よ。最近はアメルのおかげで私の料理も上達したんだから」
その言葉にロッカは頷きドアを潜った。

 ロッカが家を出て行き、はぐるりと辺りを見回した。
 まず目に入ってきたのは大柄な剣士の男だった。椅子にどかりとした風格で座っているその様子はまるで一国の王のようだ。彼は若草色の髪を暇を弄ぶように指で摘んでいたが、ふと家に入ってきたとマグナを見て――ニカリと怪しく目を光らせた。
「おー、マグナ。もう彼女が出来たのか?」
か、彼女!?違うよ!は」
「見かけによらず、手の早いことで――」 男の言葉にマグナは甲高い悲鳴のような声を上げ、ぼっと顔を赤らめた。そんな彼の様子を見て、男の隣に座っていた女性が拳を上げる。
「少しはお黙んなさい――!!フォルテ――いつもそうやって人をからかって」
「はい、はい……すいませんでした」
そう言う女性は着物ともとれる不思議な衣装を着ていた。白い服に、紅い袴――元の世界で言う巫女のような服装。その上日本人形のような艶やかに長い黒髪――綺麗な顔をしている。彼女の叱咤を拳つきで受け、男は急に病気にでもなったかのように顔を青ざめ小声で謝罪を入れた。
 茫然と見ているを見て、女性ははっとした表情をして椅子から立ち上がりに手を差し出した――握手を求めている――も手を伸ばし彼女の白い手を握った。
「こんにちは。私はケイナ。ちなみに隣の馬鹿はフォルテ――ごめんなさいね。こちらの都合でこの家に厄介になって。本当に、申し訳ないわ」
物腰丁寧な女性の言葉には軽く首を振ってみせる。
「いいえ。家が賑わってくれるのは私にも嬉しいことですから」
「そう。良かったわ。ありがとう」
 次いでは反対側の席を見る。そこにもやはり人が居た。どこかマグナに似た服装をしている男性だった。酷く白い肌をしており、マグナよりも濃い紺の瞳――だが、その上の眉間にはこれでもかと言うほど皺が寄っていた。彼はを見て、ゆったりとした動作で立ち上がった。
 まだ名前を名乗っても居ないがふとマグナの言葉が頭をよぎった――これがまた、神経質な人で気にもしなくていいことを永遠と気にするんだ――神経質そうに、顔を歪めては言葉を飲み込むこの人はもしかしてマグナの兄弟子だというネスティだろうか?
「ネスティ・バスク。青の派閥の召喚師だ。先に彼女が言ったが、本当にすまない。宿がとれないのは予想外だった」
「気にしないで下さい。困ったときは助け合うものですから」
「いや、だが……本当に、すまない。それと――マグナ、君も彼女の影に隠れないできちんとお礼を言うんだ」
「え……!?あ、うん。ありがとう。
 突然の名指しにマグナはびくりと身体を震わした。そして勢い良くに目の前で頭を下げ礼をする。突然後ろからマグナが声を上げたものだから、はビクリと肩を震わした。

 彼等の夕食を作るためには台所へと向かった。はまず、冷蔵庫へ向かおうとしたが何かがそこにあるのに気付きはっと足を止めた。何があるのだろうか、とうっすら目を凝らしてみる。そこに居るのは大きなぬいぐるみのような――いや、子供だ――小さな女の子が冷蔵庫の前に蹲るように座り込んでいる!
 思わずが一歩後ずさると、ぴくりとその影が震えた。着物のような衣服からして、少し変わっていると思ったが――その子供の耳は明らかに人間のものではなかった。狐のように真っ白な耳が上に突き出ている――そういえば、本で似たような容姿の召喚獣を見たことがある、この子は――おそらくはシルターンの召喚獣。
 ふと、思った。この子はあの旅人達の中の誰かの召喚獣ではないだろうか?誰の?そう言えばマグナは最近召喚獣を呼び出したと言っていた。もしかしてこの子が、
「どうしたの?」
 は子供の前で膝を折ってみせた。目線がつうっと会う。揃えられた髪の下の瞳が彼女をゆっくりとした動作で捉えた。少女はくぐもった様な小さな声でに言う。
「ハサハ、お腹が減ったの」
「ハサハ――あぁ、貴方の名前ね。ハサハちゃん?そう、ごめんね遅くまで待ってもらって。今から皆にご飯を作ってあげるからね」
「……うん」
ハサハと言った少女はそう言って小さく頷いた。よくよく見れば彼女は眠そうに目を擦るような動作をしている。は目を擦る少女の頭にぽんっと掌をのせ、声をかける。
「マグナや皆が心配しているわ。向こうに行っておいで」
「……うん」
ハサハはぼんやりとした目をし、またこくりと首を下げ一礼した。

 晩餐は至って好評だった。誰もが皆笑顔で会食し、もさながら大家族の中に入ったような気分で笑顔が耐えることは数分と無かった。残念なの事といえば一つ。この場に双子やアメルが居ないことだけ。


 その日の夜になり、はぱちりとベットの中で目を覚ました。昼間のアメルとの会話を思い起こす。
「本当は、ずっと前にこうすべきだったんです。貴方がロッカに連れられたときに、その包帯を見て、私は気付いていた。だけど、できなかった。心のどこかで、この人と――さんとならお友達になれるかもしれない、と思ったから――はじめて会ったときに思ったとおり貴方は優しくて――嬉しかった。あの離れで一日を過ごすのに、貴方を思えば憂鬱なんて気にもならなかった。それほど私にとってあなたは、大切な人です。だから、幸せになって欲しい――けれどずっと一緒にいてほしいと思う。それは貴方の道を塞いでしまうのに――矛盾してますよね」
 それは、仕方の無い気持ちなのかもしれない――。
 彼女は元アメルが居たという部屋に一人で眠っていた。はそこから、すっと影のように身を動かし夜の村へと出て行った。
 目的はあった、夜回りの双子に最後の挨拶をしようと思ったのだ。アメルの言葉を受け、はこの村を出て行こうと思ったのだ。つらい気持ちを少しでも減らすため、もっと早くにこうすべきだったとは後悔した。
「あれ?」
 ふと、身体に触れる異物感に気付きは声を上げた。ガサゴソと服の中を探ってみる。そっと何かが手に触れた――紫色のサモナイト石――昼間、マグナから貰ったものだった。
 けれども自分はこんな場所に入れただろうか?寝る前に服を着替えて、わざわざ石を入れただろうか?いくつかの疑問を持ちながら、けれども時間が無いと頭で喝をし、はそれをポケットに戻し小走りで草むらを翔った。

「いた」
 暗闇でよくは見えなかったもの、数メートル手前に黒い影があった。は最後の気力を振り絞るかのように慌ててその影に向かっていった。だが、その影の数歩手前で突然彼女の足に草が絡まる。
「きゃ――!?」
 小さく叫び声を上げ、はばたりと地面に身を落とした。その音と声に気付き影がコチラを振り返る。この闇の中、影がロッカかリューグかは分からない。は半身だけを急いで起こし、服に着いた砂を払った。
「立てるか?」
 声と同時に、手をさしのばされたのが分かった。けれどもは反応することが出来なかった。身を固まらせ、目を見開いてその影を見た。
「…誰?」
 聞こえた声は二人のものではなかった。声は確かに若い男のものだが――はもう何ヶ月とこの村に滞在している。双子の声を聞き間違うはずが無い。
 がそう疑問にすると、影も手を差し出したまま言葉を発しなかった。ほかの夜勤に勤めている自警団の人だろうか?がそう思うと同時に、影は一向に動こうとしないの手を自ら握りぐんっと持ち上げた。強く手を引かれ、はやっと身を起こした。
「ありがとう」
 礼の言葉を返しても、影は小さく「いや」と言うだけで、それ以上これといった会話はなかった。
「村の者か?」
 その質問をすると言うことは旅の人だろうか。今は聖女の噂もあり、何百人という人が毎日この村にやってくるが、こんな時間にまで人が来るということはは知らなかった。
「村の者ではないわ。それに、今日発つ予定なの」
「そうか」

「それなら――」
 旅人はそう言って、握ったままだったの手を強く握った。
 その時村の反対側――アメルの居住している離れの場所辺りで紅い閃光が走るのがの視界に入った。
「早く出て行け。ここはじき戦場になる」
 閃光が空を走り、旅人の姿がの視界に入る。赤みを帯びた視界に入った白い肌と、金糸の髪。
真っ赤な光がすぐ傍の森の上を揺らいでいる。は訳が分からなかった。ただ茫然としたようにそこに立っていた。旅人はそっとの手を離した。ぽとりと落ちるようにそれは地面に向け、垂れていった。それを見て、男は眉間に深く皺を寄せる。

「忠告はした」
 去ってゆく最中、背中で男は言った。
けれどもは彼の言葉に耳など化さずただ森を見ていた。紅い閃光――紅の炎に包まれ焼けてゆくレルムの村を――男に握られた手首を握り締めながら、ただただ茫然とした様子で見ていた。

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