7:It disappears with moonlight


 とりあえずと、二人は森を抜ける道を辿っていた。穏やかな空気があたりを充満している。木漏れ日から光は、とマグナをその影と光でまだらに照らしていた。
「あのさ――質問なんだけど」
どこかぎこちない様子でマグナはそういった。大きな身長。程度の良い体格――そこから、威風堂々とした性格のように思えたが意外にも彼は小心者の部類に近いのかもしれない。マグナはにそう、言って一呼吸置く。もまた、彼の顔を見て彼が何を言いたいのかを悟った。
「さっきの子――怪我を治してくれたあの子は――もしかして」
「聖女……アメルはそう呼ばれている」
「やっぱり!」
 そう言ってマグナは先ほどまで怪我をしていた右腕を見る。今はもう、うっすらと切れたような傷跡があるだけで、誰も木から落ちた少女を救ったときの傷だとは思わないだろう。それほどまでに、傷は癒えていた。
「感動したよ。噂通り凄い力だ」
 その言葉に、は苦笑する。幾ら凄い力だと呼ばれても彼女――アメルの望まなかった力には違いないのだから。
「俺の仲間――三日前くらいに仲間になった人なんだけどね。二人程居るんだけど、その一人が記憶喪失なんだよ」
「記憶喪失?」
 の疑問に、マグナが「うん」と頷く。
「生活が出来るくらいのことや、名前は最低限覚えてるんだ。だけど、自分が誰なのか、何処から来たのか、何故ここにいるのか――全部わからないって言ってた。だけど、そうか――本当に――あの力なら直るかもしれない。記憶が戻るかもしれない!」
「それって――どんな気持ちなのかしら」
 とくに深く考えず、は呟いた。
「どんな?」
 形の良い眉をマグナはヘニャリとまげて見せた。
「記憶が無い事が――」
「あぁ、そうか、記憶が無い事か……そうだね、とってもつらいと思うよ」「だけど」「理解しようと幾ら推測をたててみても結局は、その気持ちは彼女にしか理解できないものだと―――心を読む力でもない限りその人の思いがわかるわけがないと俺は思う」
「うん」
 マグナの言う『本人しか理解できないだろう』という言葉はなんとなしに、にも分かった。状況はまったく違うが、がここに召還されどんな想いをしたかは同情される片隅、結局は自身にしかわからない事だと、心のどこかで思っていたことだった。
「ところで聖女を探している貴方がどうしてあの森に居たの?――アメルの噂を聞きつけてここに来た仲間が居るのなら、この村に入った瞬間あの長蛇に並ばないと聖女に面会出来ないことは知っているでしょう?」
「あぁ、それは……俺が居ると話がややこしくなるってネスが……」
「ややこしくなる?」
 マグナはタラリと汗をかいた様な表情に変わった、罰が悪そうに彼は右手の指で自分の頬をがりっとかいた。
「そう、ちゃんと俺達は並んでいたんだよ。だけどフォルテ――さっきの記憶喪失の人と一緒に仲間になった人だけど――その人がどうも、気が短い人でね。せっかく並んでいた列を抜けて、途中に割り込んじゃって」
「まぁ……」
 呆れたような、驚いた顔をしてはマグナを見た。彼の濃紺の瞳は辺りを魚のように漂っている。
「そうしたら自警団だっていう人がフォルテを止めに来たんだ!しかも村を出てけ!ってさ、すっごく怖い顔をして言うんだよ」
「……」
 声をあげ実演するマグナを見て一瞬、自警団一凶暴な知り合いの顔がの頭に浮かんだ。
「そしたら、次にその男の人にそっくりな男が出てきて――あぁ、だけど髪の色がちがったなぁ。フォルテが言ってた双子って奴だろうね。俺、始めて見たよ」
「双子――!?」
 思わずは呟いた。双子――そう、マグナの言う男はリューグとロッカの二人に違いないだろう。しかし、マグナは呟いたのようすに気付かなかったのか話をどんどんと進めていく。
「親切な人でね。事情を話したら、『追い立てないよう!』って、一喝してもう一人の――えーと言ったのは後から来た青い髪の人なんだけどね。青い髪の人が俺達に出てけと言った赤い髪のそっくりさんにそう言ったんだ。それで、村を追い出されるっていう非常事態は何とか収まったんだけど、僕の兄弟子のネスティっていう――これがまた、神経質な人で気にもしなくていいことを永遠と気にするんだ――その人が、事情を話すためにその青い髪の人に着いてどこかへ行ったんだよ。もちろん、俺も着いて行こうと思って後を追ったわけだけど、怖い顔で振り返って『君は散歩でもしてろ!』ときた。おまけに、列に並ぶ仲間の所に戻っても同じ答え。散歩って言葉で俺を邪魔者扱いさ――行き場の無い俺は結局フラフラとあの森を彷徨うことになったんだよ」
「そ、そう。大変だったのね」
 ニコリと笑ったつもりだが、今のの表情はすこし引きつったように強張っていた。
「ところで――」
 今度は自分が質問をするもんだとばかりにマグナはに目配せした。
「君はさっきの子――聖女の友達なの?村の馴染だとか」
「ううん。私は村の人じゃないわ」
 すぐさま飛び出たのその言葉にマグナは少し不思議な顔をして隣を歩く彼女を見た。はそんなマグナの様子を見て、クスクスと肩を震わした。
「それどころか、私はこの世界の人じゃないわ」
 その言葉にマグナの歩みが遅くなった。は二、三歩先を歩いてようやくそのことに気付き、後ろを振り返った。マグナは眉間に皺を寄せた複雑な表情でこちらを見ていた。
「…召喚?」
 問いかけるような彼の言葉に、はコクリと小さく頷いて見せた。
「でも、誰にされたかはわからないの。私をこの世界で拾ってくれた人も知らなかったわ。まぁ――色々あって今はアメル達――あ、聖女の子ね。それとさっきの話の双子の自警団の人たち――その人たちにお世話になってるの」
「そっか」
 ぽつりとマグナが言った。
「なんか、その……ごめんな」
「何が?」
 謝るようなことを彼がしただろうか、とも立ち止まったままきょとんとした表情を作った。マグナはまるで彼女と目を会わす事が怖いように、俯いたまま続けた。
「俺、まだ見習い卒業したばっかだけど……その、召喚師なんだ」
「そう」
「だから、なんだかこっちの勝手で君――みたいな人を作ってるのが凄く辛い――俺、最近呼び出したばかりの護衛獣が一匹居るんだ。なんだか、こっちの都合でこの世界に留めているのがすごく申し訳なく思えて」
 マグナはそう言って、ぎゅっと唇を噛み締めた。召喚師というものは護衛獣の召喚にこんなにも抵抗を感じるものなのだろうか?
「大丈夫よ。貴方なら――マグナなら。そうね、私の場合は……私をすぐに捨てた召喚主には恵まれなかったかもしれないけれども、私を拾ってくれた人たちにとても救われたの。考えてみて。もし、私が召喚されたまま野放しにされてたらこの命はないでしょう?――それに。まだ、出会って少ししか経ってないけど、私から見たマグナという人はとても素敵だわ。たとえどんな召喚獣でも不幸だとは思わないと思う――まぁ、全て推測だけど。もしもの話で、私の主人がマグナだったなら私は嬉しいと思えるわ、きっと。だからもっと自分に自信を持ったほうがいいと思う。木から落ちた私と猫を救ってくれた。貴方はとても素敵な人よ――マグナ」
 その言葉にぽかんとマグナは口を開け、を見る。彼女が今言った言葉が信じられないというわけではない様だが、思いのほか驚いたような表情だった。
「凄いね」
「何が?」
 尋ねるのその言葉にマグナは目を細めて、口角を軽く上げて見せた。今までのにかっと歯を見せるような笑顔とはどこか違った。とても綺麗な笑みだった。こうして見ると、濃紺の瞳が嬉しさで爛々と輝いているようにも見える。
「元気が出た。君の言葉で」

「これ、」
 そう言ってマグナは自分のポケットから何かを取り出した。角ばった形の石――というよりは宝石に見える。空から射す薄らとした光でその石はの瞳に深い紫色として映った。マグナは右手でそれを持ち、左手でを手招きした。
「上げるよ――お礼に。受け取って」
「これって……」
 コロンとそれを差し出した両手の真ん中に乗せられる。目を凝らして、再び良く見る――この石は、
サモナイト石!?
「うん。村案内と、励ましのお礼」
「でも、私。召喚術はその、本当に少ししか知らないの!」
「知ってても知って無くてもいいんだよ。それはただのお守りみたいなものだから。持ってるだけでいいんだ――それに、その石は"詠唱済み"でね。召喚主以外誰が呼びかけても何の反応もないだろうってネスが言ってた。だから安全だよ」
 お守り――マグナのその言葉にはばっと顔を上げる。どうしてそんな大事なものをくれたのだろうか、と。マグナも彼女の言いたいことを悟ったのか、「ん?」と軽く首を傾げ話し始めた。
「あぁ、それをくれた人も今のみたいに俺を励ましてくれたんだ。だから、今度は俺が誰かを励ます番――俺からも言わしてもらうよ、君はとても素敵な人だよ
「――す、素敵?」
「うん」
 言ってマグナは、はっとした表情からぼっと顔を赤らめた。そして顔の前に手を出し勢い良く右往左往させる。
「いや――でも、そういう意味じゃないからね!そういう意味じゃ……とにかく、僕も君みたいな子が護衛獣だったらとても嬉しいと思うよ!君が僕が召喚主だったら嬉しいって言ったみたいに――だから!……その……あぁ、何を言ってるんだろう……ごめん、俺口下手だから」
 しゅんっと真っ赤な顔を萎れさして、さっきとは打って変わって伏せきったマグナを見ては再び肩を揺らしてクスクス笑う。そんな彼女を俯いた状態の上目で見あげ、マグナもぷっと笑い出した。意味なんて無い。けれども、二人は確かにこの瞬間心から笑っていた。

 二人は再び樹下道を歩き出した。マグナを引き連れるように歩くのスカートの右ポケットにはマグナからもらった紫色のサモナイト石が入っている。
「自警団の駐在所までは遠いのかな?ネスはそこに居るんだ」
 村案内をしてもらおうと思ったマグナだったが、空が薄らと紅くなり始めているのに気が着いてそろそろ仲間達の下へ戻らなければいけないと悟った。それを伝えるとも頷いた。
「そうね……距離的には少し遠いかしら。でも、ロッカのことだし……そうだ!ねぇ、一度私達の家に来てみない?ロッカも貴方の言うネスさんも最後はそこに戻ると思うから」
「え?どうして?」
 マグナは、そう疑問を上げた。は紅くなった空を見上げる。
「ここの近くの森は入り組んでて結構危険らしいの――時間が時間だし。それになにより今の時期、聖女を求める人たちでこの村にお客の入る余地のある宿屋はまず無いわ。だからきっと貴方達を一晩自分の家に泊めさせようってロッカは考えてると――ううん、考えているはずよ」
 「なるほど」と、マグナは相槌を打った。そして彼女の台詞に再び疑問を追出す。

「ロッカ?」
「貴方の言う青い髪の自警団の人。赤い髪のリューグの双子のお兄さんなの。私はその人の家で厄介になってるのよ。さぁ、行きましょう。彼らの家ならすぐそこだから」
 そうしてまた引きつられるようにマグナは少女の後を追うのだった。

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