第十六訓 留まらぬ奇行 何故茶太保があのような行動にいたったのか――その理由を説明したのは次の日を見舞いに来た絳攸だった。期を共に過ごした霄太師との確執ゆえの反抗――そしてその作戦のうちで秀麗が毒を盛られたということをは初めて知った。「秀麗の毒は既に解毒剤で治療してある。今は安静に寝かしてあるから、直に回復する」 「静蘭は?」 の問いに絳攸は怪訝そうに眉を寄せた。 「一番重症なのがあいつだ。足を強く切ったらしい。だが、それも心配するほどのものでもない――だから」 曇ったの顔を見て、絳攸はぽんっと彼女の頭に手を置いた。 「そんな顔をするな――秀麗は怒っていないし、ましてお前を咎めやしない」 君は素直に彼に感謝しておけばいい―― 絳攸の掌の優しさに、昨日の楸瑛の言葉を思い出したはなるべくその暗い気持ちをなぎ払おうと努力をした――が、やはりうまくいってはくれない。大事だと言われても、心配な気持ちは抑えようがない。そしてその一大事に秀麗の傍にいてやれず、ましてや静蘭に守られて――自分は本当に迷惑なやつだと、どうしても思ってしまう。 「まったく同じとまではいわないが。俺にも、少し――お前の気持ちはわかる」 絳攸の言葉には顔を上げた。彼の瞳は言葉を躊躇するように少し揺れている。その表情だけでも彼の深い思いが知れるようだった。 「あの人たちは――絶対なんだ」 何故知っているのかを聞かずともその言葉だけで、は全て悟った。それは李絳攸も、茨も同じだからだ。 「えぇ」 掠れた声でつぶやき、は瞼を閉じた。 絳攸もそれだけで十分だと思った。 「絳攸はもう見舞いに来たかい」 「……貴方は反省という言葉を知らないのですか」 半眼で布団の中から見上げるを見て、楸瑛はわざとらしく頭を振った。 「反省とは?私は何も悪いことはしていない」 「……」 返す言葉もない。否、返したい言葉は山ほどあるのだが、そのどれを云ってもこの男には意味のない言葉になってしまいそうで言うのさえ馬鹿馬鹿しく思えてくる。は布団の中で頭を抱え重々しく溜息を吐いた。 この男――藍楸瑛はに抱きつくという奇行を三度もしでかして尚も何事もなかったかのように――こうして見舞いにやって来たのだ。 「具合はどうだい?」 「好調ですよ。むしろ、寝すぎで体が鈍ってしまいそうです。李侍郎も今朝方やって来てくれました」 体はすっかり回復したのだが、静蘭と共に嗅ぐわされた香に少量の毒が含まれたということでは今だ寝台に篭っている。つまりは一歩も室から出れない――それは、今まで働き通しで家計を支えてきたにとって慣れないことだった――体を動かしたいのに、と不貞腐れたの顔に楸瑛はおや、と表情を緩めた。 「退屈なようだね。君がこの室から出れるようになったら私が剣の相手をしてあげようか」 楸瑛の言葉には目を見開いた。 それというのも、いまの発言はあまりこの男らしくない気遣いだと思ったからだ。 「本当ですか?」 「剣の講義はいつの間にか取り止めになっていたからね」 その代わりに、と丁寧に言う男には少し間を置いて――いままでこの男に見せたことのない顔で微笑んだ。 「ありがとうございます」 あまりにも柔らかなその笑みに、固まったのは楸瑛だった。 こんな顔もするのか――、と。 そして次の言葉を思うよりも早く楸瑛は腕を伸ばしていた。 「それなら早く養生しなくてはいけませんね、なにせ藍将――」 笑ったままの彼女の頬にその長い指をそえて――彼女がそれに何と、見上げた顔に身を屈めていた。 (これは――もしかしなくても) それが接吻だと気づくのに、数秒を要した。 互いの顔が離れ、楸瑛の整った顔を眼前にしたは叫び声をあげようとするかのように真っ赤な顔で口を開いたが、魚のようにぱくぱくと開口されるだけでそこから上手く声は出なかった。 「なっ――!!」 「――いや、これは」 楸瑛の顔も動揺していた。こんなはずじゃなかったのだ、と彼の顔が全てを語っている。それを見てかどうかはわからないが、はますます腹が立っていくのを感じた。恥ずかしさと何ともいえない感情の入り混じりで顔が赤くなる。だが何を思ったのか、その顔を見て楸瑛は再び身を屈め、に再度触れるだけの軽い口付けをした。 「――!」 「そんな顔をする君が悪いのだよ」 開き直ったかのようににこりと楸瑛は微笑む。 当然楸瑛の言葉を理解出来ないは、いつかの様に彼の頬に思いっきり平手をお見舞いしてやった。 |
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