第十一訓 花開く姿

 突然現れた藍楸瑛と李絳攸には一瞬青ざめるほど驚いたが、言葉を交わすうちにだんだん開き直ったかのように彼女は明るさを取り戻してきていた。それを見て不自然に思ったのか、頑強である藍楸瑛は何故気に病まないのかとに問いかけた。
「李侍郎に知れるぶんはべつに構いません」
「その心をお聞きしても?」
 すかさず藍楸瑛がに返した。
「いざとなったら力ずくで黙らせますし、性別や位云々よりもその人間自信を見てくれる公平なお方だと思うからです」
 それは、先日府庫に泊まった絳攸との交友でが率直に思ったことだった。敬意の意味も添えてはそうかえしたのだが、張本人は不服そうに眉を寄せ彼女を見下げた。
「おい、力ずくとは何だ……」
「言葉のままですが、」
 あっさりと言い放つに絳攸は青い顔をして顔を伏せた。それを見て楸瑛はくつくつと喉で笑う。
「いや、思ったよりも元気だ。静蘭から君がここの所憔悴しているのは私のせいだと散々お小言をいわれていたので心配していたのだが」
「えぇ、まぎれもなく藍将軍のせいですよ!」
 い切りだった様に声を荒げる秀麗に、周りの三人は一瞬言葉を失った。
「何をお考えなのかは知りませんがねぇ!をからかうのは止めてください!」
「あ、あの――秀麗様」
 自分もその意見には賛成だが、この勢いではさすがに秀麗の品位が疑われてしまいそうだ。は慌てて彼女を止めに入った。
「私はからかったつもりなどなかったのだが」
「貴方は少し黙っていただけませんかねぇ」
 が口元にこれでもかというほどの作り笑顔を沿えれば彼はふむ、と口元に手を添えた。
「だけど、先ほどの会話から察するに君達は勘違いをしているらしい」
「「はい?」」
 と秀麗の声がぴたりと揃って男に向けられた。
「私は君を隊から辞させるつもりはないよ。むしろ、ずっと残ってほしいと思ってるくらいだしね」
「……」
 男の言葉に唖然としたようには言葉を失った。
「それとも君を辞めさせるほど私は極悪非道な男に見えたかい?」
 「はい」と勢いよく頷きたかったもの、の心中は大きな喜びで満ちていた。
 やった!これなら当分、我が家は黒字で過ごしていける!
 は勢いよく秀麗を振り返った。
「秀麗様!」
「えぇ、!よかったわね!」
 ぴょんぴょんと子供のように素直に喜び会ってる二人を見て、絳攸は似た者同士とはこういったものなのだろうなとぼんやり思った。
「いや、微笑ましい限りだね」
 そして隣の男こそ極悪非道という奴なんだろうなと思った。

「お二人には、この事を胸に秘めていて欲しいんですが」
 の言葉に藍楸瑛と李絳攸は頷いた。
「お前が武官らしく働けるなら誰も文句は言わないだろう」
「君が女性だと知れたら、色々と騒ぎが起こらないとも限らないしね」
「ありがとうございます」
 藍将軍の言葉の意味はともかくも、心底安心したという感じでは笑みを返した。

「それで、どうして女だというのに体が男なんだ?」
 「まさか心は女だとかいう後味悪いオチじゃないだろうな、」李絳攸が知的好奇心で問えば、は「まさか」と首を振った。冗談でも止めてほしい。
「私もその真相を知りたいね」
「そうね、もうばらされる心配もなくなったから見せてあげてもいいんじゃないかしら?
「秀麗様?」
 何を言うのだろう?と隣の主人を見れば、彼女はにこにことした笑みをに向けた。そして、はこの笑顔に反論できない。
「……わかりました。お見せしましょう」

 小さく溜息を吐き、は掌を持ち上げた。その細い指にある少し鈍い光を放つ金の指輪。
 そう言えば彼女は特別高価にも見えないその指輪をいつでも身につけていた気がすると楸瑛は想い起こす。あの指輪は何なのだろうか、と思う楸瑛の前で彼女は瞼を下ろし、ふうっと息を吸う。何が起こったのかも理解出来ない間にその場に小さな風が巻き起こる。袖で顔を覆った男二人は、それから除き見た者の姿にぎょっと目を見開いた。
 それは先ほどの"少年"ではなく"少女"だった。
 風の勢いで外されたのか、髪留めは床に落ち長い艶のある黒髪が少女の顔周りを流れている。伏せ気味だった顔を上げればその瞳は黒曜石のように深い闇で――その奥に確固たる強い意志が見える。それはお世辞にも絶世の美女と言えたものではなかったが、どこか凛とした美しさがあった。
「これが――」
 御丁寧に声まで女になっている。女性嫌いを自覚している絳攸は、思わずうっと息を呑んだ。
「私の本当の姿です」
 そう言い放った少女に呆けた様子の絳攸の隣で、楸瑛は誰にも悟られないほど小さな笑みを浮かべて彼女を見た。

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