第七訓 手土産の手解き のような花だ、――腰に差した刀が歩むたびに揺れ、静かな空間を割って耳にその金属音が入ってくる。 はその日、いつもの当番制の夜警警備のため宮中を見回っていた。ふと目の前に人影が現れた。は警戒したように柄の上に手をやったが、どうにも見知った人物だったようなので直ぐにその手を払った。 「主上」 「――か」 桜の下で彼が『藍楸瑛』と名乗ってからもう何週間も経とうとしていた。少しずつだが王としての頭角を現していくこの男を見ていくのは、後宮にやってきた秀麗の甲斐が出ているようではなんだか嬉しく思っている。 主上――劉輝はを見て、伏せていた顔を上げた。ふとは劉輝が寝間着一枚でいることに気が付いた。春とはいえ、まだ夜は寒い風が通っている。 「主上、上に何か羽織ったらどうです?お風邪を召されますよ」 がそれを劉輝に言えば彼は一瞬切れ長の目を見開いた。そして何を思ったか心配そうに自分を見つめるを見て「あはは」と声を上げ笑った。 「あの、何か…私、変な事を言ったでしょうか?」 「いや――そうではない。先ほど静蘭にも同じことを言われたのを思い出したのだ」 クスクスとまだ笑みの残った顔をして劉輝は続けた。 「お前達は良く似ているな」 「そう、ですかね?」 あまりそう意識したことは無いのだが――は首を傾げた。そうしているを見て。ふと、劉輝は何か悪戯めいた瞳をした。彼はじりっとににじり寄り、艶のある低い声を耳元で囁いた。 「――今夜、余と寝るか?」 近づいてきた顔が持ち上がり興味深そうにの顔を見る。彼の思惑など知らないは大きな目をぱちくりと見開き、そして徐々に顔を赤くしていった。 「そ、そ、それは、あの――私は、一兵士でして――で、ですから」 おや、静蘭とは少し違う―― 抱きついたときの秀麗のようで、面白い反応だ。と劉輝は思った。 「冗談だ」 このまま観察してみたいもの、何だか罪悪感を感じそうなので劉輝は早めに切り上げた。はほっと胸を撫で下ろし、赤い顔のまま「そうですよね」と小さく頷いた。劉輝はそれはそれで残念だと思った。 「これから何処に?」 「うむ。夫婦の溝を埋めに行こうと思う」 気を取り直して聞けば、自信満々に言う劉輝には再び固まった。今の王――劉輝に夫婦と呼べる女性は秀麗以外には居ない。もし先のに言ったような事を秀麗に持ちかけるとしたら―― 「秀麗様の所へ、ですか」 「そうだ」 「――へェ、そうですか…秀麗様の所に…そうですか」 いい覚悟してますねぇ―― は無意識の内に剣の鞘に手を添えた。今ここに静蘭か邵可が居たのなら慌てて彼女を止めるのだろうが生憎とこの場には誰よりも疎い王しか居ない。 だが疎い王だからこそ、殺気をメキメキと放つに気づかずぽつりと洩らす。 「手土産を持っていこうと思う。今日は一晩中秀麗と話したいのだ――何を持ってけばいいだろうか?」 「手土産?秀麗様と話したい?」 どうやら『夜這い』では無いらしい。その瞬間の手が鞘から放たれ上げられた。女性との馴れ初めに手土産とは、中々可愛らしい王である。まぁ、ここは妥協して見送くってやろう。 「そうですね。私なら、果物や花とか貰えると嬉し――」 その瞬間劉輝の眉が不自然に寄せられた。 しまった!これではまるで女として自分の意見を言ってるようだ! は慌てて切り返した。 「果物や花とか――を女性に差し上げると喜ばれると思います」 「そうか。花か――」 劉輝は呟き、ふと渡り廊下の脇にある庭園に目をやった。そして何を思ったかそのまま地面へと降り立った。突拍子も無い彼の行動には瞠目した。 「主上!?」 何をしでかすつもりなのだ!は慌てて彼の後を追いかけた。 「どれが良いのだろう……」 ふわりと香る匂い――春の庭園には何色もの薔薇が咲き誇っていた。余りにも数が多いのでどれを手にすればいいのかわからないのだろうか――劉輝は途方にくれたようにぽつんと立っていた。先ほどのへの対応といい、こうして秀麗への手土産に迷ってる様子といい――この男は恋愛に手馴れているのか手馴れていないのかよくわからない。 「気持ちが篭っていれば、どんなものでもいいと思いますよ」 「そうか――じゃあ、これにしよう」 言ってふいと手を伸ばす。延ばした先には白い薔薇の花。真っ白なそれは夜の闇の中でも綺麗に花びらを開いていた。薔薇を手にとった劉輝はそれをまじまじと観察して呟いた。 「のような花だ」 柔らかく笑って、男は言った。には彼の意図することがわからなかったが彼の棘の刺さった指を見て何も言えなかった。 「礼を言う。これで堂々と秀麗に会いにいける」 そう言う劉輝をは小さな微笑を添えて頷いた。 |
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